十六話 高い壁
京の幹部の顔を見せが始まります。
魅力的なキャラと感じてくれると嬉しいです。
満月の夜。
山の上に丁寧に作られた庭園を望む一人の少女が、星の輝く夜空をじっと眺めている。
時折きらりと姿を見せては消えていく流星を見送りながら少女は静かにふっと息を吐く。
重々しいほど立派な桜の一本木で作られた縁側に、ちょうど腕をのせるのにちょうどいい木製の柵が設けられている。
少女の細く白い腕が柵の上に静かに乗せられ、夜の月明りが柵と少女の腕のコントラストを際立たせていた。
少しだけ冷える夜の中でも温かみを宿すその柵に両腕を組むように乗せていた少女こと雨宮は、そっと家の渡り廊下の方を振り返る。
その先には少し老けた、大体初老くらいの見た目の男が立っていた。
しばらく前に病気を患って以降随分と老けてしまったが、昔は京で重宝された堅臣であった男。
深く青い瞳は少し細められた目の奥で、表情よりかは分かりやすく彼が老けてしまったことを残念に思う気持ちを語っていた。
優し気な雰囲気を放つ男は雨宮の様子を少し観察した後で、雨宮に言葉をかける。
「深淵の力を宿す子がまた見つかったって、藤原くんから聞いたよ」
「はい。時雨という子が4人目だそうです。」
相も変わらず淡々と返す雨宮。
表には出ずとも、両者ともその状況に関して危機感を抱いていた。
深淵の力を持つ者が4人生まれた。
それは地球という星の免疫を司る「深淵」が、それ相応の地球の危機を察知しているということだ。
つまり近いうちに宇宙災害が起こるということ。
この事態を前に二人は黙り込んでしまった。
煌びやかな星空の向こう側で何かが迫ってきている。
その事実を知った瞬間からもう星空は綺麗には見えない。
雨宮はかつて深淵に触れて以降、星空が嫌いになった。
星の光ははるか彼方から降りかかる災難のように見えてしまう。
「時雨という子は、まだまだ新人なんだってね。雨宮、もし機会があったら指導してあげてくれ。深淵の力を持つ先輩として。」
そう初老の男「高屋」は願う。
雨宮の方をじっくり見るのではなく少し寂しげな顔で夜空を見上げる高屋。
雨宮は少しの間黙り込んだ。
彼の優しい目が少しゆるむ。
彼の昔のくしゃっと笑う顔の面影が僅かながら残っていた。
少しだけ風が吹いて、庭園の中に植えられた木の葉っぱたちがこすれ合う音が静寂を補う。
「善処します」
雨宮はそうとだけ言って歩いて別の部屋に向かう。
縁側に一人残された高屋はそのままじっと夜空を眺めている。
もう少しすれば夏の星座が見え始めるころだろう。
明るみを増した天の川の近くでひときわ明るく光る星を見つめる。
高屋の目とその星との間を遮るように、時期外れの鵲が庭園を横切っていった。
――――――
「全治2日ですね」
医務室を担当していた人にそう言われた。
今は自宅に戻ってようやく一息付けたところ。
今日の分の治療を終えてくたびれた体で畳の上に寝転がる。
大の字になって寝そべる時雨の近くを心地よい風が通り抜けていく。
もうそろそろ初夏だろうか。
梅雨に入るには少しだけ早い、かといって春よりは随分と温かい風を浴びてふと時雨は思った。
家の居間とその隣の二部屋の障子を開けて、風が一直線に通るようにしたおかげで随分と涼しくなった。
もう風には夏らしい草の香りが包まれている。
桜の季節はとうに過ぎて、藤の花も終わってしまった。
春らしい花が終わりを迎えるとともに、次第にシロツメクサやウツギなどの花が顔をのぞかせる。
花が終わった植物は元気よく青々とした葉っぱを展開し、これからどんどん成長していくことだろう。美空が作った庭のおかげで、季節の折々が可視化されている。
「んっ…ん~~」
伸びをする時雨。
久々にゆっくりとできるのは時雨にとって本当に嬉しいことだった。
任務に出てはケガをして治療室に入れられ、その後は訓練と忙しい状態がずっと続いていた。
自分の実力不足で焦っていたからだろう、時雨は体に蓄積した疲れにはほとんど気が付いていなかった。
今回は定期的な薬の投与で済むため、自宅に帰ることができる。
大の字になって寝そべるのがいつにもなく気持ちがいい。
畳は座ってもよし、寝てもよし。
独特の感触と香りに癒される中、人間の町に行った時のことを振り返る。
(あの加賀の親子は大丈夫かな…)
京人にはない、人間同士の妬みや仲間同士での嫌悪は時雨にとってショックに値することだった。
京人はみな互いを大切にするから同士討ちなど聞いたことがない。
その環境で育った時雨は、外部の存在に触れて組織の難しさというものをふと考えてしまっている。
もしかしたら京はそうならないように工夫しているのかもしれない。
「時雨ちゃーん?霙ちゃん来たよ?」
庭の手入れをしていた美空がひょっこり顔を出しに来る。
つばのひろい帽子の下で日陰になりつつもまぶしい笑顔が見える。
カミキリの怪人と戦って以降霙は美空と一緒にこの家の管理をしてくれていた。
その間に美空とも打ち解けていて二人の間柄もかなり良好だそうだ。
今は元の宿舎の方で生活をしているらしい。
美空と霙は庭先で互いに小さく手を振り合っている。
時雨は少し急いで縁側に置いてあった空色のサンダルを履いて二人のいる庭に出る。
霙も元気そうだ。
任務の時はほとんど話せなかったことと、伝言をもらっていることが用件で来てくれたらしい。
「幹部の方から、時雨先輩の昇格の話と、人間の街であった出来事について共有してほしいそうです。近くの…えっと緑通りのうどん屋に来てほしいと…」
「あ、『ひかり』のことね?」
場所についての話になるとしどろもどろになる霙を見かねてか美空が助け船を出す。
美空の補助にぶんぶんと頭を縦に振りながら感謝する霙。
今回集まった3人とも呼び出されえているらしいので、待たせないように今から向かうことになった。
自邸からつながる少し細い道を歩いて大きな道に出たら緑通り。
この辺りは昔から植樹などが多くされていることもあってその名前が付いたらしい。
街路樹ももちろんのこと、それぞれ住んでいる人たちの庭も凝ったものが多いのだ。
この辺りは少し位が高い人が住む地域ゆえに、それだけの趣味をする余裕があることの裏返しでもある。
時雨と美空に関してはここいらの家の中ではかなり位が低い部類に入るだろう。
がやがやとした人だかりが見える。
この東西に伸びる大きな通りは多くの人でにぎわうのだ。この場所で客たちを迎え入れる店も多いため活気にあふれている場所の一つ。
「時雨ちゃん、こっちこっち」
美空が手招きする。
今回の目的地はその大通りよりも少し外れたうどん屋さん。
大通りの人の波をかき分けながら向かい側の細い道に入っていくと、次第にサザンカの木と雄々しい松の木が目立つ庭つきの料亭が姿を現す。
店の建物の中央には出入口が設けられていて、からからと軽い音を立ててスライド式の扉が開く仕組みになっている。
「おお…」
扉の少し横には窓が設けられていて、内側からサザンカの木が見えるようになっている。
花の季節が来たらきっと美しい光景になるだろう。
店内の床は黒色でつややか。木の板が目立つ段差の上はお座敷となっている。
入口を通ってすぐのところには会計カウンターがあるが、ここは後払いなのでいったん通り抜けた。
奥の方の座敷では2人ほどがこちらに手を振ってくれている。
一人は淡いピンク色の髪を後ろで結わえた女性。
下に行くほど色が濃くなるきれいな桜染の着物が非常に雅だ。
美人さんだなと時雨は思った。
もう一人は鳥を彷彿させるふわふわとしたハネ毛の髪と背中に翼を持つ女性。
白と黒と茶色と、少しだけオレンジ色が混じったやわらかい色の羽毛が目立つ。
吸い込まれそうなほど深い黒色の瞳がこちらを見ていた。
見た目で言えば美空とはそんなに年が離れていなさそうだが見た目では判断できないことが多いため実際のところは分からない。
その二人が座っている座敷に3人で行って机を挟んで向かい側に座らせてもらう。
「すまないな、まだケガしてからあまり時間が経っていないのに。」
桜のような美しさを持つ女性が挨拶してくれる。彼女は幹部の中で2番目に強いといわれている武将「御信」。
桜族という種族に当たる存在で桜族の例にもれず純粋な身体能力が非常に高い。
その戦いを見たことはないが速く正確な太刀筋は幾度となく強敵を打倒してきたといわれている。
普段は指揮をする首領の近くにいるそうでよほどのことがない限り出動はしないとか。
(2m…はあるよねこれ…)
使うのは桜の模様が刃に刻まれている太刀。時雨の使う小太刀よりもはるかに大きく、剣が使っていた打ち刀よりもやはり大きい。
彼女の後ろの壁に立てかけているのを見るとその大きさが良く分かる。
これをいともたやすく扱うとは格の違いを見せつけられている感じがする。
もちろん幹部と時雨たち新人の間には圧倒的な差があるのは間違いなかった。
ちなみに桜族は非常に身体能力が高い反面、霊力が非常に乏しいことと免疫機能が著しく低い。
このせいで下手にけがすると傷口から菌が入って重症化してしまいやすく、基本的には前線に出てこない理由も納得できる。
それなのに幹部として扱われているということはこの御信という人は一切の被弾もなく敵を屠ってきたことの裏返しである。
時雨の想像がつかないほどのまぎれもない強者であるためにその風格も…といいたいところだが、いざ目の前にしてみるとかなり印象が違う。
「あ」
御信はあらかじめ注文していたうどんが配膳されてきたことで盆を受け取り、さっそく七味をうどんに入れようとする。
が、少し振って出てこなかったので少し強めに降った途端ものすごい量の七味がうどんの中に沈んでいく。
赤くそまった釜揚げうどんを見つめたまま一同は沈黙した。
「ふひひっ…ふふっ」
数秒して笑いをこらえきれなくなったもう一人の幹部がついに声をもらす。
そのあともう笑いをこぼしてしまって吹っ切れたのか、その人は大声で笑いだす。
「…天城さんっ」
顔を真っ赤にしながら御信は恥ずかしいとばかりに苦言を呈する。
軽く握った拳がふるふると震えて、もう片方の手で相方にチョップを入れる。
そうはいっても天城はしばらく笑いを止めたくても止められなかったようでそこからしばらくは笑っていた。
御信という人はどこか抜けていてポンコツ感があるのだ。
意図せず盛大にやらかすことが多いため、幹部の中ではその実力にもかかわらず愛されるマスコット枠なのである。
意外とフランクな間柄なんだなと思いながら目をぱちくりさせる3人の新人に対して、ようやく笑いが収まってきた天城が一応補足してくれる。
「御信は結構ポンコツなとこあるけどね、ふふっ 真剣な時はすごく頼もしいんだよ。普段の姿が嘘みたいにさ」
「笑いながら言われると冗談みたいになるじゃないですか…」
そう口をとがらせる御信。むっすー、とほっぺたを膨らませる。
少しずつ幹部二人のペースがわかってきたところで3人にもうどんが届く。
3つとも卵とじされた牛肉が乗せられたうどん。
今回の新作らしい。
せっかく昇格するから、ということで3人ともにおごってくれるらしい。
「「「いただきます」」」
ありがたくいただく3人は、それぞれうどんを口に運んで幸せそうに頬をほころばせる。
もちもちのうどんとやわらかくふわふわな卵にしっかりとした牛肉の組み合わせは最高だった。
嬉しそうな3人を見て微笑む幹部二人は、しばらくの間3人が完食するまでによによしながら見守った後三人に札を渡す。
美空には、黄色に赤文字で1と書かれた札。
時雨には、黄色に黒文字で2と書かれた札。
霙には、白色に赤文字で1と書かれた札が渡される。
「「「ありがとうございます」」」
それぞれ一個ずつ階級が上がったことを示している。
この3人のなかでは美空が一番階級が高い。
その差は感じつつも、時雨はようやく黄色の札の仲間入りを果たせて本当にうれしかった。
同期はみな黄色の札を手にしていたので自分が出遅れている感はあったものの、これで少なくとも美空以外とは同じ階級に上がることができた。
ようやく自分の努力が報われた気がして時雨は柄にもなくガッツポーズを決める。
その様子を見ていた霙と美空は時雨の肩に手を置いてねぎらい幹部二人はパチパチと拍手する。
御信さんは先ほどの大量の七味が沈んだうどんを一気に完食して涙目になってしまっているが。
昇格が終わった後は人間の町に忍び込んで得た情報などをできる限り共有した後、会計をして二人とは別れた。
次の役目がある幹部2人を見送った3人はそれぞれ向かう場所が別々だったので、同様に3人で手を振って別れる。
(ちょっと体動かさなきゃな…)
時雨は訓練所に赴く。
時雨が気になっていたこと。
それは加賀に掛けられた身動きができなくなる威圧を弾き飛ばした時の感覚。
今までとは全く異なる様子の力が一時的にでてきたのはかなり不可解だった。
不思議な青い光を伴ったそれがどんなものなのか。具体的には分からずとも使う感覚だけでも掴んでおきたい。
だいぶ日が傾いてオレンジ色の光が時雨を照らす。数分歩いた後、見えてきた訓練所を前にして思わず足取りが速くなる。
草薙教官にもアドバイスをもらって少しでも前進するために。
コンコンコン…
訓練所の重い扉を3回ノックする。
奥から「はーい」と声が聞こえた後に、扉を開けて時雨は熱気の籠もった訓練所の中へ入っていった。
――――――
ざぁざぁと音を立てて空から降ってきた雨が夜の京を包み込んでいた。
街灯の光が降りそそぐ雨の粒に乱反射してきらきらと目に飛び込んでくる。
時雨は訓練所で相当な鍛錬を行い、そろそろ帰ろうかという頃にはこの通りもう激しく雨が降っていた。
時雨はタオルで汗を拭きながら帰り支度でまとめていた荷物を傍らに置いてただ真っ暗な空を眺めていた。
その様子を見ていた教官が時雨の横に来て、そっと声をかける。
「…どしゃぶりになっちゃったねぇ」
草薙教官は普段から非常に紳士的な人物で、それ故に好感を持つものも少なくない。
優男の嘆きは時雨の耳にも届いた。
草薙教官なら雨粒を全部剣で受けながら家まで帰れるくらいの実力はある。
幹部に選ばれるだけあって、その実力は計り知れない。
正直なところ時雨がただ剣一本持ってそんなことができるかといわれればまず無理である。
持久力も、膂力も速さも足りない。
一体どれだけ鍛えたらそんな風になれるのかは甚だ疑問に思う。
時雨は教官に質問した。
「草薙教官。どうやったらそんなに強くなれますか?」
そう時雨はまっすぐな瞳で教官を見る。
いつもに増して真剣な声色に驚いた教官は少し目を見開いた後で、少し悩んだ。
少し悲しそうな顔をして悩んだ末の答えを口にする。
「ずっと鍛錬してたからね。失わないために」
教官の顔が明確に曇った。
その様子を見て、時雨はなんとなく察した。
きっと辛い過去があったのだろう。
そうでなければ余裕と笑顔を絶やさぬこの人がこんな顔をするはずがない。
「ごめんなさい。変なことを聞いてしまって…」
時雨は謝る。
「いや、いいんだ。ただ、そうだな…時雨君。君の今の姿には少し危うさを感じる。一旦この鍛錬はしばらく休みにしない?」
教官が指摘するのは無理もない。
今日訓練所に来て以降、時雨は明らかに不機嫌になっていた。
この間出てきた青い光は訓練をいくらすれども全く顔を見せてはくれなかったからだ。
何かの可能性を感じて引き出す練習をすれど全く糸口はつかめず。
また自分が成長できると思えばまた躓く。
時雨に突き付けられた現実が、自分がやればできるという幻想を見事に打ち砕いてくれた。
幹部の姿を見て。さらに上の存在を知って。
はやる気持ちだけが先に行って実態も実力も全くついてはいかない。
どこまでも自分は中途半端な存在であるといやでも認識しなければならなかった。
そんな時雨の様子を見かねた教官の懸念はまったくもって間違ってなどいない。
それに、教官の勘が告げていた。
このままでは何か取り返しのつかないことになると。
「いいえ、自分はみんなよりもずっとたくさん努力しなきゃいけないんです。止まれないです。」
止まってしまったらもう…
言葉にはならない時雨の葛藤が渦巻いて、あふれかえりそうなほど勢いを増していく。
だが口にはせずのどの奥にとどめておくように時雨は黙って下を向いた。
「もう一度、指導お願いできますか?」
しばしの沈黙の後、時雨は教官の顔を見上げる。
訓練所の天井から降り注ぐ光の眩さが少しだけ時雨の目を潤ませる。
「我々は英雄を求めない」
「?」
草薙は呟いた。
時雨はその言葉に驚く。
「この言葉、知ってる?」
草薙は時雨に問う。
「どういうことですか。教官は京の英雄ですよね…」
時雨は困惑した様子だった。急に草薙の言い出したことがよく分からない。
「例え英雄なんていなくても、京は強い。みんなで強いほうが強いんだから。英雄だけには頼らない。京はそうして千年以上も存在し続けてるんだよ。」
「…」
「だから、時雨くんが特別優れた存在になる必要はないんだ。」
「…」
時雨は納得できずにいた。
それで本当に京に恩返しができるのかと疑ってしまう。
それに草薙の言う事は一見まともなようで的を得ていないと感じた。
そもそもこんな文言似たようなものですら聞いたことない。
もやもやとした感情が、向きを変えて渦巻き出す。
「もちろん、英雄を拒むこともないんだけどね。とにかく無理しないでってこと。急ぎすぎたら体壊したりして余計大変だよ。」
草薙はにこりと微笑む。
ちょっと失敗したと思った。
目の前の若人の様子を見るに全然説得できていない。
少し沈黙していた草薙教官は、慌てず結論を出した。
きっとここで指導しなかったら、もう時雨は突っ走って余計止まらなくなるだろうと。
せめて自分が見てあげられる場所であった方がまだ安心感がある。
「あと30分だけだよ」
仕方ないとばかりに教官は竹刀を取りに行く。
依然として、雨の音は京に響いていた。
幹部の皆さんの見せ場はそこそこ後になりますが、満を持しての登場ということもあって読み応えがあるように作ってます!ご期待ください!




