十一話 波乱の萌芽
療養開始から三日。時雨はまだ動くことまではできない。
ただルリマダラ怪人の撃破報告と、突如出現した竜、そしてそれに食われた本来の討伐対象。
上に報告しなければならないことはまだたくさんあった。
仕事の合間に直葉さんが報告しているようだが、いかんせん彼女もやることが多いのでどうしても報告しきれているわけではない。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
どうぞ、と声をかけると扉が開く。
任務に向かう前に会話したアドバイザーの茶目さんだ。
心配そうな面持ちでドアの隙間から現れた彼女は、ゆっくりと歩いてくる。
そして彼女は赤い紙で包まれた筒を手渡してくれる。
「これは救難信号を送るときに使われる道具。てっぺんを上に向けて底を強く押したら救難信号を送れるから、今度どうしようもない時はこれを使って。」
そんなものがあったのか、と自分の情報不足を悔やむ。
だが茶目さんが補足説明してくれる。
怪人の増加に伴って最近作られ始めたものらしい。
今までの大型のものは存在したが高価だし生産に時間がかかるしでどうしても全員には配れなかったそうだ。
今回は工芸部の新人と鍛冶屋の新人の活躍で小型化と大量生産が可能になったらしく、これから全員が持つようになる予定だとか。
それならありがたいと思い、茶目さんに届けてもらったことを感謝する。
茶目さんはいいえ、といった後別に用件があるということを伝えてくれた。
「上層部も今回現れた竜についてかなり話題になってるの。できる限り遭遇したあなたに詳細を教えてほしくって。今あなたも霙ちゃんも動けないからこうして訪ねてきたの。」
なるほどそういうことかと納得する時雨は、先日遭遇した竜についての情報をできる限り伝えた。
茶目さんはそれをノートにメモしていく。まとめ方も書くスピードもかなり速い。これがアドバイザーなのかと驚きを隠せなかった。
時刻は午前十時。晴れてはいるが上空の風が強いらしく、シュークリームみたいな形をした雲がそそくさと流れていく。
情報をメモし終わった茶目さんは、ありがとう、と言ってから時雨にずいっと近づく。
次は無茶しないのよ、と念を押してくる。
恐らく自分では気づいていないだけで時雨の動きが危なっかしいのだろう。茶目さんにしっかりとくぎを刺される。
「本当に強い人はね、自分の弱さを熟知してるの。だから自分じゃどうしようもない~って時、誰かを頼れるのよ。だから取り返しのつかないことになりにくい。時雨さん。あなたもそんな強い人でいて欲しいな。」
少し照れくさそうに茶目さんは優しく微笑みながら伝えてくれる。
「はい…ありがとうございます」
時雨は彼女の言葉に感激しながら、おそらく倒れてから初めてなくらい眩しい笑顔で答える。
じゃ、と茶目さんはノートなど持ってきたものをまとめて帰っていく。
部屋に静寂が戻る。
もともと何かしていないと落ち着かない性分である時雨はだんだんそわそわし始めていた。
じっとしていられない。
何かできないだろうか、と考えてしまう。
そこでふと目に入った近くにある飲料用の水を操作しようとする。
そして酷使してからまだ回復しきっていない霊力の回路が荒れていたことに鋭い痛みと共に気付く。
出力が不本意に強くなって自分にびっっしゃりと中の水が自分にかかってしまう。
冷たさにびっくりして「ひゃっ!?」と悲鳴を上げてしまった。
そしてその悲鳴が出た瞬間、バァン!と扉を開けて美空と瀬戸香が現れる。
「時雨ちゃん大丈夫!!?」
部屋の前で様子を窺っていた美空は時雨に飛びついて抱きかかえ、おいおいと泣き始める。
大変だったね、大変だったね…と声をかけてくれた。
相当心配だったのだろう。一時期任務を手放してまで駆けつけようとしていた美空は、ようやく時雨の姿を確認できて押さえていた感情があふれ出していた。
瀬戸香はその隣で何も言わずに二人を見守っていた。
二人の様子を見て良かったよかった、と感傷に浸る瀬戸香。
「じゃあしばらくはお風呂入れないね…」
残念そうにつぶやいた。
その言葉を聞いて美空ははっと瀬戸香に振り向く。
そうじゃん!一緒に入れないじゃん!と大きな声で言う。
相当ショックだったのだろう。
そんな勢いで二人が会話をするので、流石に騒がしすぎて看護の係の人たちに怒られてしまった。
その後瀬戸香と一緒にお風呂に入る約束をしていたことが発覚すると、美空は「誰とでも一緒に入っちゃだめだよ!」と時雨をたしなめていた。
瀬戸香は風呂に入るとくすぐってきたりするらしい。
確かに要注意人物であった。
そうして病室で久々に美空と会話していろいろ教えてもらった。
今家に美空が戻ってきていること。
美空が混ざっている階級の高い人たちの中にはすごい人たちがいて美空も張り切っていること。
たくさんの土産話を語ってもらって、嬉しそうな美空が見れて喜ぶ一方で自分が停滞していることにはどうしても納得できないことがあって。複雑な気持ちのまま4日が経った。
だいぶ回復してきた時雨は、一度リハビリをすることになった。
早く動きたかった分張り切って体の柔軟性を回復させたり、もう一度刀を握って素振りしたりするようになった。
体のなまりさえあるが、今までの過剰な身体機能の酷使によって生じた痛みはほとんど消えていた。
療養している間に時雨が持っていた刀は鍛冶屋の方で見てもらっていたが、やはり特殊すぎるため特段整備はできなかったらしい。
ただ水をかけることや含まれている水を動かすことで良い状態に保つことができることは分かった。
おそらく今までほとんど整備がいらなかったのは水流操作で水の状態が保たれていたのだろう。
訛った体を少しずつ戻していく。
京人の回復は基本的に早い。リハビリを始めてから半日もしないうちに元通りになっていた。
昼食を食べた後模擬戦を行い、最終的な復帰訓練をすることになる。
時雨にとっては初めての訓練だ。
ドキドキしながら集合場所に行く。場所は京の武道場東館。
主に剣術を使う人員が集まるところだ。それぞれ竹刀を持って同レベルの人間と模擬戦をするものや、指導する人たちにいろいろ教えてもらうことができるものもある。
まず時雨が配置されたのは指導。
病み上がりということもあってもう一度見てもらえることになった。
「やぁ、時雨くん。久しぶりだね。」
今日時雨を指導してくれるのはかつて実践に出る前も指導してくれた「草薙教官」。
剣術といっても刀から大剣、槍など様々な近接武器に精通している優秀な先生だ。
これまでどんなことをしてきたのかあらかた伝えた後で、課題点を見つけるために教官に攻撃してみてくれと言われた時雨はとまどいながらも実践を想定して攻撃してみる。
訛っているとはいえ、今までの経験からか少しずつ動きがよくなってきている。
だがそんな感覚が嘘みたいに、姿勢の低い攻撃に難なく対応される。
水流操作を用いた攻撃もうまく捌く教官にはなかなか攻撃が届かない。
そして少し打ち合った後、教官は一つ提案をしてくれた。
「一旦竹刀でやってみない?太刀筋のブレを直しやすくなるよ。」
小太刀ほどの大きさの竹刀を持ってきて、時雨に渡してくれる。
時雨の太刀筋は少し不安定だそうだ。普段の戦闘には妖刀を使う分、太刀筋の不安定さを無理やりごまかしてしまいやすい。
だから現に自分の力量不足もここから来ているのかもしれない。
それこそこの太刀筋を改善すれば、ネズミ怪人を斬ったりできたのだろう。
意気込んで竹刀を受け取り、教官に向かって構えなおす。
教官はその姿を見て少し口角が上がる。
そこからは久々に激しい訓練になった。
日が随分傾いた頃に今日の分の練習が終わる。
へとへとになった時雨に、教官は「もしよければしばらく修行をつけようか?」と提案してきてくれる。
確かに大変な修行にはなるが、前に進むためにも時雨はそれを快諾する。
少しでも進歩して役に立てるように。
――――
時雨が訓練をしている間、美空は美空で任務にあたっていた。
京の外にある人間の里。
地方と呼ばれるこの土地は次第に人の数も少なくなり、お年寄りの人の割合がどんどん大きくなっている。
昔は林業で栄えていたこの町も今や限界集落と呼ばれ、人が住まない土地になり始めている。
スーパーマーケットはほとんどが閉店し、次の店が入ることなく手入れされていない寂しげな外壁と冷たいシャッターだけが目に入ってくる。
彼女らはその付近で異質な空気の調査に当たっていた。ペアは先輩にあたる白崎 みくも。
髪が大きな束でまとまってぴょこんぴょこん跳ねており、優しい印象を受ける美空よりも2つ上のお姉さんだ。
清楚でおっとりした銀髪は眩しく、初めて美空があったときにすごくびっくりしたらしい。
霙や茶目さんと同じく彼女もまた動物の形質を持ち、彼女の場合はイソギンチャクである。
毒などの搦め手を使う戦術と状況判断の早さが売りの術師。
美空は今彼女の状況判断能力に大きく魅かれており、密かに目標としている人物。
二人が調査に来ている異質な空気について、主に美空は生成した鳥、蝙蝠、トンボなどの飛翔物に調査させていた。
情報を取得してはみくもに共有して状況を整理していく。
だがある程度情報を掴みかけたところで、調査を続ける二人の元へのもとへ一人の怪人が現れる。
等級3の怪人。その容姿は動物由来というよりも植物由来の者のようで、詳細は分からずとも放置はできないことだけは確かだった。
臨戦態勢に入った二人を前に、怪人は動じない。
人の背丈と大して変わらない大きさだが妙にガタイがいい。筋肉質っぽい大柄の体に、表面は植物らしい緑色の固い物質で構成されている。体のところどころからひょろんとツタのようなものが生えており、細かい葉がかすかな風を受けてゆらゆらと揺れる。
怪人は二人を目の前にして特段動きを見せるわけでもなく、ただ二人を見つめているだけだった。目があるかどうかはわからないが。
お互いに出方を見定めている間に怪人は体内で、ある準備をしていた。
そして準備できたそれを二人に向けて発射する。
それは、種。
ズバン!
勢いよく射出された無数のそれは美空の右肩に命中し、肉を抉る。
「いっ!?」
ほぼ美空ですら反応できない速度で肩にめりこんだ種は、なんとすぐに肉に根を張って美空から養分を吸っていく。
吸い上げるたびに紫色の混じるツタが太くなり、葉を次々に茂らせて成長し始めた。
まずいと判断したみくもは即座に煙玉を地面にたたきつける。
中に閉じ込められていた煙が一気に展開して周囲の視界をふさぐ。
その隙にみくもが美空を背負って撤退した。
幸いにも怪人は追ってこなかった。
追跡がないことを確認しつつ近くの木の幹に美空を寄りかからせる。
ここから先は整備されていない竹林。
多少の狭さはあれど生え方はまばらで二人くらいなら通ることはできるだろう。
だが美空の状態は芳しくない。
息は荒く、血行も悪いのか顔が白い。
あまり長くツタを放置することが良くないことなのは火を見るよりも明らかだった。
先ほどまで若々しい新芽だった葉もいつの間にか硬く成長した新緑の葉に変わっていく。
それこそ竹でもありえないほどの成長の早さに嫌な予感を感じるみくもは、ツタの除去の方法を探る。
まず切ったとて取り除くことはできず、一時成長は止まってもすぐに成長を始めるという点で時間稼ぎにしかならない。
抜くのはもってのほかだ。美空の体に根を張っているのが傷口から見える。
無理に引き抜こうものなら美空にかかる負担が大きすぎるだろう。
こういう状況の時にあり得るのは本体を倒すことで種が成長をやめること。
一刻を争う状態で迷うのは命取りだ。
みくもは美空をひとまずここに置いて怪人と戦闘することにする。
作ってある道具はかなりある。
ポーチの中身を確かめて出発しようとした時、後ろでゴトンと重い音がする。
「先輩、これ持って行ってください…」
美空は種に苦しみながらも盾を生成する。
玉の汗を顔に浮かべながらも、盾をみくもに差し出す。
恐らくみくもまで種を食らうとよくないからだろう。
みくもは「ありがとう」と言って盾を受け取り、すぐに出発する。
怪人がいた場所へ引き返すと、まだ怪人はそこにいた。
特段周囲を警戒するでもなく地べたに座っていた怪人は、みくもに気付くとすぐさま逃走を始める。
想定外の行動に一瞬面食らうもみくもも怪人の後を追いかける。
その怪人は一度種を仕込むとしばらく逃げ回る習性があった。
ヤドリギ怪人。
獲物に種を仕込み、その種が成長するにつれて花が咲き、種子が形成されるとその種子から新たな怪人が生まれる。
基本的に憶病な性格で戦うことを好まないがその分逃げ回ったり身を隠したりして自分が倒されないように行動する。
あぁ、もう面倒くさい!
みくもとしてはそれが本音だった。空気の調査が途中のまま怪人に邪魔された挙句、後輩が危機に陥るなど面倒くさいほどこの上ない。
だが後輩をほうっておけるものかということもあり追いかけるが、みくもよりも怪人の方がすばしっこい。
周囲の木々に紛れることで怪人は行方を眩ませる。
だがみくももそのことぐらいは想定していた。
迷いなくポーチから赤い玉を取り出して前方に投げ込む。
ボフン!という音と共に今度はからしの煙幕が放たれた。
風に乗って拡散していくうちに周囲に潜んでいた野生動物たちが逃げ出すのが見えた。
その音に紛れて不自然な音がする叢に対して頭髪が変化した触手を伸ばす。
見事潜んでいた怪人に命中し、みくも由来の毒が怪人に打ち込まれる。
これにより次第に動きが鈍くなる怪人は慌てながら逃げ出そうとするもツタの何重にも重なった足がもつれて動けなくなる。
本来なら怪人はそれでも走ることができるが、みくもが撃ち込んだ毒が怪人の感覚を失わせていく。
動けなくなったところにみくもが小刀を突き刺して怪人はこときれた。
怪人がかるたに吸収されたのを確認して、急いで美空のもとへ向かう。
怪人が打ち倒されたことで美空の種子も活動がおさまってきているがまだ動いている様子があった。
美空を抱えてみくもは京に走り出す。今回の空気の調査は一旦失敗だ。
怪人のことを報告しておかなければならない。
その途中、二人は付近の里で多くの人が干からびているのを目撃する。
かつて人の営みがあった場に空しく転がる抜け殻のような遺体。
内側から養分をすべて吸い尽くされ、ミイラのように乾いた肌が夕闇の中で赤黒く存在を主張していた。
「美空ちゃん、見ないほうがいい」
おぞましい光景に絶句しながら、二人は帰りの道を急ぐ。
嫌な予感がする。
夕日が沈もうとしている中、美空を抱えて駆け抜けていくみくも。
その後ろでは怪しげな1つの赤い光が揺らめいていた。




