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【常世の君の物語】No.13:貴世 ~その夏、常陸国に降り立った貴世(きよ)を待ち受けていたものは――~  作者: 百字八重のブログ


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第四話:襲来

この日、船は紀国をぐるりと巡った。

それを貴世に教えた男は、「あと一日もすりゃ陸ですよ」と付け加えた。

貴世をはじめ、船に乗る多くの者が浮足立っていた。

そんな中にあって、貴世は父の姿を探していた。

陸にあがってしまえば商売で忙しくなる父である。

ゆっくりと話ができるのは海の上、今しかないのであった。

父はいつものように、船首にいた。

貴世はゆっくりと近づいたが、父は傍らの男と何やら大人の話をしているようであった。

そっと聞き耳をたててみる。

「しかし、こちらの海は穏やかでよいな。昔、明との貿易をするために大陸へと渡る船に乗ったことがあるが、あちらは海賊が出て大変だった」

階段ごしに、父のおおらかな声が聞こえてくる。

「旦那様は明へ渡ったことがあるのですか」

傍らの男がたずねている。

父が外国へ行ったことがあるとは、貴世にも初耳であった。

「本当に昔のことだ。競争が激しくて尻尾を巻いて逃げ帰って今の仕事をしている。しかしここ数年で各地に市が数多く立ち並ぶようになった。これからはこうした積荷を運ぶ仕事が儲かるのだ。見ておれ、儂はまだまだ家を大きくするぞ」

父はそう言うと、両腕を天へと高く突きあげた。

大きな背中に、濃い影ができる。

「は。お供いたします」

傍らの男が笑顔でこたえている。

貴世は二人の男の背中を眺めながら、なんとも誇らしげな気分になっていた。

今に自分もその列に加わるのだと、ふつふつと心の内から湧き上がるものを感じていた。

すると目の前で突然、父の傍らに立っていた男がのけぞった。

何事かと思う間もなく、男はそのまま仰向けに倒れた。

貴世はその頭に、一本の矢が刺さっているのを、見た。

「父上!」

と貴世が父のもとへと駆け出すより早く、背後から怒号が届いた。

「進路をふさぐ船三隻!海賊です!!」

若い男の声だった。

「逃げろ!」

父が背後に向き直り男たちに叫ぶ。

「間に合いません!!」

と誰かが叫んだ。

途端に船の上は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

どこから現れたのか、貴世の前をテンが走ってゆく。

貴世は入り乱れる男たちの足をかいくぐり、テンを抱き寄せ身を丸めた。

「父上!」

誰かの足につまづいて板の上に転がった。

「父上!」

貴世は何度も叫んだ。

しかし騒ぎの中でその声はかき消され、あっという間に海賊たちの姿が船の上に現れた。

貴世は積まれた荷の間に身をすべりこませた。

目の前を走りすぎようとしていた男の背に、矢が突き刺さるのを見た。

「積荷を移せ。女子供はさらえ!男どもは皆殺しだ!」

そうこだまする男のだみ声が、船首の方から確かに聞こえた。

父は――。

父は確か船首にいるはずである。

そのときである。

「旦那様!!」

と誰かが叫んだ。

そして次に悲鳴が聞こえた。

貴世は、目を見開いた。

まなこに映るのは、強烈な日差しを照り返している物言わぬ船の床板である。

貴世は、それをじっとみつめた。

口の中に苦いものがこみあげてきた。

必死になってそれを押し戻す。

父上が、やられた――。

目の前の景色がぐにゃりとゆがむ。

貴世――。

父の声が脳裏にこだまする。

貴世。

もう聞くことの叶わない、強くてたくましい父の声。

「貴世」

おかしい、今度ははっきりと聞こえた。

声のする方を見ると、両腕に抱いたテンが、すぐそばにちょこんと座りこちらを見つめていた。

まるでそこだけ喧騒が途絶えたかのように静かである。

貴世は目をしばたたかせた。

「テン、お前、今しゃべった?」

テンはこちらをじっと見つめている。

「貴世」

テンの口がわずかに動く。

確かに、目の前のテンがしゃべっている。

貴世はなにがなんだか分からない。

「テン、どうしよう。父上が……」

そこまで言葉にして、猫になにを言っているのだと思う。

しかしテンの口が動いた。

「私の下僕にならぬか、貴世。そうすれば助けてやろう」

そう、確かに聞こえた。

テンは続ける。

「考える間はないぞ。今しがた、おぬしの父親が殺された。弟は売られ、母や姉はさらわれた先で犯されるであろう。おぬしはもう十六。大人じゃから見つかれば殺されるであろうな」

ころ、され、る――。

頭の中で文字がおどる。

言葉が言葉にならない。

今起きていることを、信じることができない――。

「どうすれば」

貴世は震える唇でちいさく口を開いた。

「私の下僕になると、今ここで、誓え」

テンはまっすぐに貴世をみつめている。

その体は微動だにしない。

追い詰められた貴世には、もう他に選択肢がないように思われた。

「わかった、おぬしの下僕になろう」

貴世の全身から力が抜けた。

猫に、何を言っているのだろう。

だが、もう他に手はなかった。

「ようし、よく言った。しばしのあいだ目をつむっておれ」

目を――。

貴世はテンの言う通りに両の目をぎゅっとつむった。

その場にいた者は、突如現れた巨大な獣が海賊たちを食い散らかしていくのを確かに見たという。

叫び声が聞こえたかと思うと、あたりがしんと、静まり返った。

貴世はおそるおそる目をあけた。

すると目の前には、海賊のものであったであろう肉体の一部がごろり、またごろりと、床の上に散らばっていた。

真っ赤に染まる船の上に、白く光るものがあった。

ようく目をこらしてみると、それは足元まで長く儀式めいた衣をまとった壮年の男性であった。

耳飾りがきらきらと光り、手首の金物はしゃらしゃらときらめいていた。

その顔は透けるように白い。

浮世離れした光景に、貴世はほうっと息を吐いた。

全身が小刻みに震えているのが分かる。

腰はとうに抜けている。

男と、目が合った。

すると男はくしゃりと笑ってみせた。

つりあがった大きな目は貴世をまっすぐにとらえている。

「貴世」

男が甲高い声で言った。

その声はほかでもない、脳内にこだましていたテンの声であった。

「テン……なの?」

貴世のわななく体はじっとりと汗をかいていた。

「そうとも。私はテン。人の業を喰らって生きる化け猫よ」

男はそういうと、再び、くしゃりと笑ってみせた。

そしてしばらく間を置いた後、テンは「父親のことは不幸であったな」と言った。

父親――。

目の前のテンだという男に己の父を思い起こされ、貴世の内からあついものがこみあげてきた。

もっと早くにテンの下僕になっていれば、父上を助けられたのかしら――。

でも海賊が現れてから父上が殺されるまでの間に、そんな暇はなかった。

どうしようもなかったのだ。

ようやっと、自分が助かった安心と、そのうえで感じる父を失った悲しみが貴世の上におりてきた。

「これから、どこへ……」

貴世はテンを見た。

その身ひとつで形勢を逆転させた化け物の力を目の当たりにし、その化け物の下僕になった己を顧みて、そして失った父を思い、すがるように貴世はテンを見上げた。

「どこへじゃと?貴世は商いをしたいのであろう?父は死んでしまったが、貴世が商いをしたいのであれば、私は手伝うよ」

テンは貴世を見て、ふっとほほ笑んだ。

貴世はその言葉を自分の中で反芻してみた。

「テン、無理だよ。商いのこと、僕何も知らないんだもの。父上じゃなきゃ……」

そこまで言って、貴世は口をつぐんだ。

目からじわりと涙がこみあげてくる。

その時であった。

「俺、手伝いますよ、商い」

若い男の声だった。

貴世がそちらに目をやると、そこには先ほどの騒ぎで腕に傷を負った船乗りらしき男が片手をあげていた。

「俺も」

周囲の人だかりの中から、次々と賛同する声があがる。

するとその中でひときわ甲高い声があがった。

「貴世、その化け猫様は助けてくださるとおっしゃっているのでしょう?」

それは貴世の母親だった。

「母上」

船室から出て来たらしい母の両脇には、姉と弟がしがみついているのが見える。

「貴世、私たちも商いをしましょう。父上のように」

姉の智子が言う。

「そうだよ兄上、これから畑をやろうったって畑なんて持ってないし、芸も身についちゃいない。どうせ僕たちは商いしか出来ないんだ。みんなで商いをしよう」

弟の小次郎も言う。

「テンの、お言葉に甘えたら?」

母が包み込むように言った。

貴世の目から、いよいよおおつぶの涙がこぼれた。

「決まりだな」

テンのすんだ声が、青空に吸い込まれていった。


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