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天の花  作者: 東亭和子
2/15

 放課後、校門で千春と別れを告げた。

 校門から少し離れた場所に迎えの車は止まっていた。

 女学校から家までは、車でないと帰れない。

 家は小さな村にあり、女学校は遠く離れた町にあった。

 天羽一族はこの村に古くから続く旧家である。

 かつて天に住んでいた先祖がいたという。

 そんな伝説が伝わる一族だった。

 そして代々この村の医師を務めてきた。

 だが、家を継ぐのは女と決まっていた。

 女系家族だったからとも、天女が生まれるからとも言われる。

 その真相は一族しかしらない。


 車に妹達はいなかった。

 どこかで遊んでくるのだろう。

「ただいま戻りました」

 居間へと行くと母が座っていた。

「おかえりなさい。

 舞子さんが戻ったわ。

 支度を」

 母は隣の部屋に向かって言った。

 扉が開き、数人の召使が出てくる。

 舞子は手を引かれその部屋へと入った。

「こちらにお着替えください」

 一人の召使が着物を差し出す。

「これは…」

 いままで見たことがないほどの豪華な着物だった。

 桜の花びらが美しく舞っている。

 淡い桃色の着物。

 それでいて地味ではなく、金糸をふんだんに使っていた。

 ただこの着物を見たとき、舞子は懐かしいと思った。

 袖を通すことを嬉しいと思った。

 舞子は自分の感情に戸惑い、躊躇した。

「お時間がありません。お急ぎ下さい」

 召使達に手伝われながら着替えをすませる。


「よく似合うわ」

 その着物は、舞子の美しい黒髪によく映えた。

 母は嬉しそうな顔をして言った。

「母様、どういうことですか?」

「これは私が母から結婚するときに引き継いだ着物なのよ。

 今度は舞子さんがこの着物を着てね」

 母は舞子の質問には答えなかった。

「母様!」

「急な話だったのですもの。

 悪かったと思っているわ。

 これから婚約の儀をするのです。

 先方がもうすぐ来てしまうの」

 母は舞子を見て困惑げに言った。

 やっぱり…!

「母様!私は結婚など…!」

「婚約の儀といっても顔合わせ程度ですから」

 母は舞子を安心させるように言った。

「話すことが沢山あるのですが、後にしましょう」

 どうやら婚約者が来たようだ。

 玄関が慌ただしい。


「いらっしゃいませ」

 母と共に玄関で迎える。

 顔を上げるとそこには見知った顔があった。

「まさちゃん!」

 近所に住む幼友達だった。

 舞子は驚いた。

 女学校に行ってからは会うことは稀だった。

「舞子さん」

 母ににらまれて舞子はあわてて口をつぐむ。

 その様子を見て、正志は微笑んだ。

「お久しぶりです。

 申し訳ありません、母は急用で来られなくなりまして」

 正志が頭を下げる。

「そうなのですか。

 かまいませんよ。

 さあ、上がってくださいな」

 母が正志を居間に案内する。

 舞子は黙って母の後をついていった。 


 久しぶりに見る正志は、びっくりするほど大人になっていた。

 居間では母と正志が向かい合って座り、話をしている。

 舞子は母の隣で、上の空で座っていた。

 まさか相手が正志とは…

「舞子、どうした?僕では嫌?」

 大人しい舞子を見て正志が言う。

「違うわ!少し驚いて…」

 舞子はあわてて否定した。

 そうだ、知らない誰かより、正志のほうがいい。

「そうか」

 正志は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て舞子は緊張がほぐれた。

 昔と変わっていない。

 正志はよく笑う子だった。

 いつもにこにこして、大人しく舞子の後をついて遊んでいた。

「それでは決まりですね。

 舞子さんが卒業したら結納をあげましょう」

 母がほっとした感じで言った。

「ではまた」

 正志が席を立つ。

「ごゆっくりしていったら?」

 母が正志に向かって言う。

「今日は舞子も驚いているようですから、また後日ゆっくりと」

 舞子は正志の心遣いが嬉しく思った。

 部屋を出て行く正志を、舞子は玄関まで見送った。


「驚いたのは本当だけど、まさちゃんなら嫌じゃないよ」

 舞子は正志に向かって言った。

「ありがとう、僕も舞子となら幸せになれると思う」

 正志はゆっくりと告げた。

 本当は昔から舞子が好きだったんだ、と。

 正志は照れて頭をかいた。

「…ありがとう」

 なんだか舞子まで照れてしまった。

「じゃあ、またね」

「うん、また」

 舞子は正志に手を振った。

 正志の後姿を見送り、舞子は少し玄関に立っていた。

 そして母の元に向かう。

「母様、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「急に決まったのですよ。

 お話は前からあったのだけど、先方からぜひ、と言われてね」

 悪かったと思っているわ、と母は言った。

「舞子さん、もう一つ話があるのよ」

 母は真剣な顔で言った。

「これから話すことは大事なことだから、よく覚えておいてね」

 いつにない母の真剣な様子に、舞子はひるんだ。


「この屋敷に離れがあることは知っていますね?」

 舞子は頷いた。

 戦国の世より続くこの家には、広い土地があった。

 家屋敷の他に山もある。

 その広大な屋敷の中に、離れがあった。

 離れは隠されるように木々の影にひっそりと佇んでいた。

 そこは禁忌の場所であった。

 離れの入り口には大きな注連縄が吊るされ、何かを祀っているようだった。

 そこに近づくことは許されていなかった、当主以外は。

 ただ子供の頃は興味本位で近づくことが多かった。

 近づくなと言われると近づきたくなる。

「あの離れには、神が居られるの。

 この村に伝わる伝説を知っていますね?」

「天女が舞い降りて、この村に住みついたという?」

「そう、その話です。

 その伝説は本当の話なのですよ」

「天女が存在すると?」

 まさか、と舞子は笑い飛ばした。


「あの離れに住んでいるのです」

「神が?あの離れに?」

 そうです、と母は言った。

「母様、一体何を言いたいのですか?」

「…長い間、この秘密を守るため、我が一族は血を繋ぐことを大事にしました。

 だから舞子さん、あなたも女学校を卒業したら、この秘密を守るために結婚をするのです。

 一族の血を絶やさないために」

 やはり、結婚の話だったのか。

 しかも、神が離れにいて守るだの、途方もない話まで。

「母様、私は信じられません。

 離れに神がいるなどと」

「実際いるのです…

 二度だけ、お会いしたことがあります。

 離れに住まう男神と」

 母はその話は恐れ多い、というように目線を下げた。

 母の話は途方もなく、舞子は理解が出来なかった。

「時期がきたら、またお話しましょう」

 理解を示さない舞子を見て、母は会話を終わらせた。

「部屋に、戻ります」

 舞子は母の顔を見ずに告げ、部屋へと戻っていった。


 頭の中がぐるぐるしている。

 天女?そんな話が信じられるというのか?

 舞子はため息をついた。そうしてベッドへと座り込む。

 しばらくして、廊下を賑やかな足音がした。

「姉様!」

 妹たち二人が部屋に入ってくる。

「どうしたの?早かったのね」

「姉様のことが気になって~」

 清子が言った。

「綺麗な着物!どうしたの?」

 頼子が興奮したように言った。

「母様の着物よ。貸してくれたの」

「どうして~?」

「大事なお話があったからよ」

「お話って?」

 清子は興味津々だった。


「結婚の話よ」

「姉様、結婚するの!?」

 頼子は驚いた顔をした。

「ええ、卒業したらね」

 舞子の答えを聞いて、妹たちは騒ぎ出した。

「どんな人なの?頼子の知ってる人?」

「清子の知ってる人?」

 舞子は妹たちを見た。

 清子と頼子はどんな人と結婚するのだろうか?

「ええ、知っている人よ。

 今度紹介してあげるから。

 さあ、部屋に戻りなさい!

 宿題があるのでしょう?」

「は~い」

 舞子は二人を部屋から追い出した。

 一人になりたかった。

 今日は色々なことがあって、頭が混乱していた。

 結婚の話、村の伝説の話。

 舞子はベットに横たわった。

 そして、いつしか眠りに落ちていた。


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