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天の花  作者: 東亭和子
3/15

 私の側には彼がいた。

 いつも、ずっと。

 彼と共になら、落ちても良いと思った。

 どこまでも、どこまでも、二人なら落ちていけると思った。

 たくさんの曼珠紗華が足元に咲き誇っていた。

 私は彼の手を握った。

「何も怖くないわ」

 彼が私の手を握り返した。

「どこまでも落ちていこう、アツキ」

 彼はそう言い、私を抱きしめた。

 そして私達は深く口づけをした。


 舞子は目が覚めた。

 また、あの夢だ。

 ゆっくりとベットから降りる。

 あの夢を見た後は、いつも幸せな気分になる。

 舞子はまだ母親の着物を着たままだった。

 急いで着物を脱ぎ、部屋を出た。

 もうすぐ夕餉の時間だ。

 居間へ行くと、父が新聞を読んでいた。


「おかえりなさい、父様」

 父は顔を上げて舞子を見る。

 舞子は父に似ていない。

 はっきりとした目鼻立ちも長くて美しい黒髪も母に似ていた。

 そして妹たちは父に似ていた。

「今日はどうだった?

 正志君が来たのだろう?」

「父様は知っていたの?」

「ああ。正志君が息子になるとは、楽しみだな」

 もう、悠長なんだから。

 舞子は父を恨めしく思った。

「舞子には相手を伝えていなかったのです。

 だから少し機嫌が悪いのですよ」

 母は父の前に座りながら言った。

「そうなのかい?」

 召使が食事を運ぶ。

 頼子と清子は大人しくしている。


「違うわ。ただ…」

「ただ?」

「驚いて、反応できないだけよ」

 舞子はふてくされて言った。

 どうも父の前だと子供のようになってしまう。

「ははっ」

 父が舞子の反応を見て笑った。

「父様!」

「悪い悪い」

 父は舞子を優しく見つめた。

「何も不安に思うことはない。

 お前はこの家を出て行く訳ではないのだから。

 いつも側には私達がいるのだから」

 舞子は頷いた。

 母は黙って聞いている。

 いつもの団欒だった。

 何も変わったことはない。

 何も変わらない。

 舞子は少し元気になった。


 次の日、女学校の帰りにカフェに寄った。

 そのカフェは学校帰りの女学生であふれかえっていた。

「千春さんの期待通りに、婚約者が登場してきたわよ」

「やっぱり!

 それで?どんな方でした?」

「同じ村に住む、幼友達」

「お知り合いだったの?」

「ええ、卒業したら結納だそうよ」

「随分と急なのね」

 あと半年もすれば、卒業なのだ。

「そうね。でも、あなたもそうでしょう?」

「ええ、そうね」

 そんなたわいない話をして舞子は千春と別れた。


 それから数日後、舞子は学校の帰りに正志と出会った。

「まさちゃん!偶然ね」

「舞子。今帰りかい?」

「そうよ」

「じゃあ、一緒に帰ろうよ」

 舞子は後ろにいる妹達を気にした。

「姉様、私達はここで車を待っているから平気よ」

 頼子が言った。

「ねぇねぇ、あの人が姉様の婚約者なの?」

 清子が興味深そうに正志を見ている。

「そうよ。会ったことあるでしょう?

 同じ村に住んでいるから」

「会ったことあるわ」

 清子が言った。

「会ったことある」

 頼子も言った。

「こうやって話すのは、初めてだね。

 正志です、よろしく」

 正志は二人に向かって頭を下げた。


「こら、きちんと挨拶しなさい」

 舞子は二人に向かって言った。

 二人は正志を凝視していた。

「…よろしくお願いします」

 二人は恥ずかしそうに言い、舞子の後ろに隠れた。

 その様子を見て正志は微笑んだ。

「少し姉様を借りてもいいだろうか?」

「いいです!」

 清子が元気に言った。

「じゃあ、貴方達二人で帰ってね」

「はーい」

 二人は頷いた。

 その様子を見て舞子は正志に向かって微笑んだ。

「じゃあ行きましょうか」

 舞子と正志は車の元へと向かった。


「…急な話で驚いただろう?」

「婚約のこと?」

「ああ」

「そうね、驚いたわ。

 でも、まさちゃんならいいわよ」

「ありがとう」

 正志は嬉しそうに微笑んだ。

「実は前から婚約の話はあったらしいんだ。

 それを両親が隠していたらしくて」

「隠す?なぜ?」

「僕は長男だろう?

 この婚約の条件は婿に入ることだ。

 だから両親は僕に言わずに断ることにしようとしていた。

 その話を僕が聞いて、あわてて返事をしたんだ。

 だから急にこんなことになっていしまった。

 すまない」

「いいわよ。

 それより、家のことは平気なの?」

 正志は長男だ。

「家は弟が継げばいい」

「そっか、だから母様は前から話はあった、って言っていたのね」

 そして正志が急に婚約の条件を認めたから話が進んだ。

「両親は乗り気じゃないんだけどね。

 それは僕が説得するから」

 正志も色々と大変なようだ。


「もしかして、この前来なかったのは…」

「それは違うよ!

 あの時は本当に用事があったんだ」

 だから気にしないで、と正志は言った。

 そんな話をしているうちに、もう村に着いてしまった。

 車は玄関の前に着く。

「ありがとう。またね」

 舞子は車から降りて正志に手を振った。

「またね」

 正志も窓越しに手を振った。

 舞子はしばらく車を見ていた。

 正志と話をしていて違和感があった。

 何かが違う。

 でも、それが分からない。

 一体何が違うのだろう?

 舞子は不思議に思いながらも、玄関を開けて家に入った。


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