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私の側には彼がいた。
いつも、ずっと。
彼と共になら、落ちても良いと思った。
どこまでも、どこまでも、二人なら落ちていけると思った。
たくさんの曼珠紗華が足元に咲き誇っていた。
私は彼の手を握った。
「何も怖くないわ」
彼が私の手を握り返した。
「どこまでも落ちていこう、アツキ」
彼はそう言い、私を抱きしめた。
そして私達は深く口づけをした。
舞子は目が覚めた。
また、あの夢だ。
ゆっくりとベットから降りる。
あの夢を見た後は、いつも幸せな気分になる。
舞子はまだ母親の着物を着たままだった。
急いで着物を脱ぎ、部屋を出た。
もうすぐ夕餉の時間だ。
居間へ行くと、父が新聞を読んでいた。
「おかえりなさい、父様」
父は顔を上げて舞子を見る。
舞子は父に似ていない。
はっきりとした目鼻立ちも長くて美しい黒髪も母に似ていた。
そして妹たちは父に似ていた。
「今日はどうだった?
正志君が来たのだろう?」
「父様は知っていたの?」
「ああ。正志君が息子になるとは、楽しみだな」
もう、悠長なんだから。
舞子は父を恨めしく思った。
「舞子には相手を伝えていなかったのです。
だから少し機嫌が悪いのですよ」
母は父の前に座りながら言った。
「そうなのかい?」
召使が食事を運ぶ。
頼子と清子は大人しくしている。
「違うわ。ただ…」
「ただ?」
「驚いて、反応できないだけよ」
舞子はふてくされて言った。
どうも父の前だと子供のようになってしまう。
「ははっ」
父が舞子の反応を見て笑った。
「父様!」
「悪い悪い」
父は舞子を優しく見つめた。
「何も不安に思うことはない。
お前はこの家を出て行く訳ではないのだから。
いつも側には私達がいるのだから」
舞子は頷いた。
母は黙って聞いている。
いつもの団欒だった。
何も変わったことはない。
何も変わらない。
舞子は少し元気になった。
次の日、女学校の帰りにカフェに寄った。
そのカフェは学校帰りの女学生であふれかえっていた。
「千春さんの期待通りに、婚約者が登場してきたわよ」
「やっぱり!
それで?どんな方でした?」
「同じ村に住む、幼友達」
「お知り合いだったの?」
「ええ、卒業したら結納だそうよ」
「随分と急なのね」
あと半年もすれば、卒業なのだ。
「そうね。でも、あなたもそうでしょう?」
「ええ、そうね」
そんなたわいない話をして舞子は千春と別れた。
それから数日後、舞子は学校の帰りに正志と出会った。
「まさちゃん!偶然ね」
「舞子。今帰りかい?」
「そうよ」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ」
舞子は後ろにいる妹達を気にした。
「姉様、私達はここで車を待っているから平気よ」
頼子が言った。
「ねぇねぇ、あの人が姉様の婚約者なの?」
清子が興味深そうに正志を見ている。
「そうよ。会ったことあるでしょう?
同じ村に住んでいるから」
「会ったことあるわ」
清子が言った。
「会ったことある」
頼子も言った。
「こうやって話すのは、初めてだね。
正志です、よろしく」
正志は二人に向かって頭を下げた。
「こら、きちんと挨拶しなさい」
舞子は二人に向かって言った。
二人は正志を凝視していた。
「…よろしくお願いします」
二人は恥ずかしそうに言い、舞子の後ろに隠れた。
その様子を見て正志は微笑んだ。
「少し姉様を借りてもいいだろうか?」
「いいです!」
清子が元気に言った。
「じゃあ、貴方達二人で帰ってね」
「はーい」
二人は頷いた。
その様子を見て舞子は正志に向かって微笑んだ。
「じゃあ行きましょうか」
舞子と正志は車の元へと向かった。
「…急な話で驚いただろう?」
「婚約のこと?」
「ああ」
「そうね、驚いたわ。
でも、まさちゃんならいいわよ」
「ありがとう」
正志は嬉しそうに微笑んだ。
「実は前から婚約の話はあったらしいんだ。
それを両親が隠していたらしくて」
「隠す?なぜ?」
「僕は長男だろう?
この婚約の条件は婿に入ることだ。
だから両親は僕に言わずに断ることにしようとしていた。
その話を僕が聞いて、あわてて返事をしたんだ。
だから急にこんなことになっていしまった。
すまない」
「いいわよ。
それより、家のことは平気なの?」
正志は長男だ。
「家は弟が継げばいい」
「そっか、だから母様は前から話はあった、って言っていたのね」
そして正志が急に婚約の条件を認めたから話が進んだ。
「両親は乗り気じゃないんだけどね。
それは僕が説得するから」
正志も色々と大変なようだ。
「もしかして、この前来なかったのは…」
「それは違うよ!
あの時は本当に用事があったんだ」
だから気にしないで、と正志は言った。
そんな話をしているうちに、もう村に着いてしまった。
車は玄関の前に着く。
「ありがとう。またね」
舞子は車から降りて正志に手を振った。
「またね」
正志も窓越しに手を振った。
舞子はしばらく車を見ていた。
正志と話をしていて違和感があった。
何かが違う。
でも、それが分からない。
一体何が違うのだろう?
舞子は不思議に思いながらも、玄関を開けて家に入った。




