第9話 へ―、女性の冒険者
陸は指先で自分の分の丸薬をひょいと摘むと、口の中に放り込み、お茶で喉の奥へ流し込んで見せた。
「ほら、毒でも害のある薬品でもありません。適切な量を飲めば体に害のない、安全な薬です」
目の前で一切の躊躇なく飲み干してみせた陸の堂々とした仕草に、ボルツは毒気を抜かれたように
「む……」と唸った。
まさに、その時だった。
「う、ううぐ……っ! 助けてくれ、親父さん……っ!」
店の奥の階段から、顔を真っ青にした若い男性店員が、お腹を強く抱え込んで転がり出てきた。
「どうしたジャック!? また変なものでも食べたのか!?」
「うっ……荷運びから帰ってきて……喉が乾いててつい……っ! 俺の部屋、3階だから階下の共同井戸まで往復するのが面倒で……部屋に汲み置いてあった3日前の水、そのまま飲んじゃって……っ! お腹が雑巾みたいに絞られて痛くて……っ!」
「馬鹿者め、あれほど古い汲み置き水は飲むなと言っておいたろうが! すぐに薬草を煎じて——」
「ボルツさん、これを使ってください!」
陸は素早く立ち上がると、小包から手際よく丸薬を『2粒』取り出し、水差しから汲んだコップ一杯の水とともに青年の口元へ差し出した。
「さっき僕が飲んだのと同じ薬です。2粒飲んで、水を多めに飲んでください!」
「陸殿、本当に大丈夫なのか……!?」
「僕が飲んだ通り、毒じゃありません。信じてください!」
青年ジャックは藁にもすがる思いで2粒の丸薬を口に放り込み、コップの水を勢いよく飲み干した。そのまま床に膝をつき、肩を揺らして荒い息を吐いていたが—— 一分、二分と時が経つにつれ、荒かった呼吸の音がすーっと穏やかなものへと変わっていった。
「あ……あれ……?」
ジャックが自分のお腹をさすりながら、信じられないといった顔で立ち上がった。
「さっきまでの……腹を雑巾みたいに絞られるような激痛が……スッと消えた……? 胸のむかつきも、嘘みたいに楽になったぞ……!?」
「なに……!? 本当かジャック!?」
ボルツが思わずジャックの肩を掴んで揺さぶる。ジャックはさっきまでの土気色の顔が嘘のように、すっきりと表情を和らげていた。
「本当ですよ親父さん! お腹の中にあった嫌な気持ち悪さが、全部消えちゃいました!」
ボルツは言葉を失い、ゆっくりと布袋の中の黒い丸薬と、陸の顔を交互に見つめた。
(よし……! 土窯の高温で精製した活性炭の強力な吸着力と、胃整草の抗炎症成分が見事に毒素を捉えてくれたぞ)
陸が胸を撫で下ろしていると、ボルツの目が商人らしい強烈な歓喜の光を宿した。
「自分で飲んで見せた安全性の証明……そして一瞬で食あたりを鎮めた圧倒的な効能! この石造りの街じゃ、上の階に住む住民はみんな古い汲み置き水で腹を壊して悩んでいるんだ……! 貴族や裕福な商人なら、この激痛が消えるならいくらでも金を出すぞ!」
ボルツは興奮を抑えきれない様子で、前のめりになって陸の手を握りしめた。
「陸殿! この薬、一粒につき『1シルバ(銀貨1枚=約1万円相当)』以上の値打ちが十分にある! 出来合いのものをまとめて買い取る仕入れ値として、1粒あたり『1シルバ』で全額買い取らせてもらいたい! 袋には何粒あるのだ!?」
「え……っ、全部で『200粒』作ってきましたけど、さっき僕が1粒飲んで、ジャックさんに2粒わたしたので197粒です。」
「よし、試しの3粒分も含めて200粒分の金を払うぞ。」
「ありがとうございます、ボルツさん。……あ、そういえばこれから大市場の方へ素材や道具の買い出しに行こうと思っているんですが、何か気をつけることはありますか?」
「ふむ、大市場か。それなら質の悪い露店には気をつけなされ。最近、街に凄腕の女性冒険者様が立ち寄られていてね。非常に珍しい貴重な香木を持ち込まれたそうなのだが……それを狙って、タチの悪い悪徳商人が不当に買い叩こうと嗅ぎ回っておるらしいのだ」
「女性の冒険者さんですか。貴重な品を騙し取ろうとするなんて、酷い商人もいるんですね」
ボルツの憤りに同情しつつも、陸は(へぇ、女性でそんな凄腕の人もいるんだな……。まあ、僕には関係ない雲の上の人の話だけど)と他人事のように頷くのだった。
「……でもボルツさん、今回はこれで終わりじゃなく、今後もお互い、そして僕を助けてくれた村にも利益が出る『継続的な仕組み』を作りませんか?」
「む……? 村にも利益が出る……仕組み、とな……?」




