第8話 村長の紹介状の効き目は滅茶苦茶大きい
開拓村の丸太の柵をあとにし、朝日が差し込む街道へと足を踏み出した陸は、周囲に誰もいないことを確認してから、そっと自分の足元を見つめた。
(よし……周りには誰もいないな)
背中には村長から譲り受けた木炭や、エレナが持たせてくれた干し肉やパン、そして小銭の詰まった革袋が載っている。だが、その重みなどまるで感じられなかった。
人目のない直線でそっと地を蹴ってみると、身体がふわりと軽やかに宙を舞い、驚くほどの速度で前進する。地球の重力下で育まれた高密度な肉体と、この世界の軽い重力の差が生み出す圧倒的な身体能力だった。
(おおっ……やっぱり、めちゃくちゃ体が軽い……! でも、人に見られたら絶対に怪しまれるぞ……目立つのは嫌だし、気をつけないと)
前方から行商人の馬車や旅人の姿が見えると、陸は慌ててスピードを落とし、何事もない顔でごく普通の歩調を装った。
それでも、地球の重力で鍛えられた脚力のおかげで、普通に歩いているつもりでも歩幅が広く、足取りは自然と早くなってしまう。
すれ違う旅人に怪しまれないよう、「どうも……」と気まずそうに軽く釈明の会釈をしながら通り過ぎるのだった。
(ふぅ……人がいないところでこっそり走って、人が見えたら歩く……これで行こう)
街道の陰や人目の途切れた区間を見つけては軽快に駆け抜け、人が近づくと澄ました顔で歩く。そんな慎重な移動を繰り返しながらも、驚異的なペースで街道を突き進んでいった。
◇
陽が頭上高くへ昇った昼過ぎ。 陸の視界に、見上げるほど巨大な灰色の石造りの城壁が突如として立ちはだかった。
(うわぁ……でっかいな……! これが商業都市ロクスか……!)
城壁の中央にぽっかりと開いた大門の前には、荷馬車を引く行商人や重装備の騎士、旅人たちが長い列を作っている。周囲には香辛料の効いた肉焼き露店の匂いや馬の嘶き、異世界ならではの活気あふれる喧噪が立ち込めていた。
「次! 通行証か身元保証書を見せろ!」
列の先頭で、甲冑に身を包んだ厳格そうな警備兵が声を張り上げている。陸の番が来ると、深緑色の服の胸ポケットから一通の手紙を取り出した。
「あ、あの……ヴェルデ村の村長さんから、ロクスの商人さんへの紹介状を預かってまして……」
「なに? 見せてみろ」
警備兵は手紙を受け取ると、封蝋に捺された特別な紋章に視線を落とした。その瞬間、固かった警備兵の眉間が跳ね上がった。
「なにっ、あの頑固な村長殿の直筆か! それにこの紋章……よし、通りな! 街の中で面倒を起こすなよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
村長の手紙の威力を肌で感じながら関所をくぐり抜けると、そこには見渡す限りの石畳の大通りと、三層建ての壮麗な石造りの建物が立ち並ぶ大都市の光景が広がっていた。
◇
活気あふれる大通りから一本脇に入った、落ち着いた佇まいの石畳の通り。 そこに、年季の入った木製の大きな看板を掲げる老舗薬種店『ボルツ商会』があった。重厚な扉を押して足を踏み入れると、薬草の独特の甘苦い香りが鼻腔をくすぐった。
「いらっしゃい。うちは薬種店だ。何の用だね?」
店の奥から出てきたのは、立派な白髭を蓄えた初老の男性だった。鋭い眼差しには、長年この街で店を張ってきた商人ならではの頑さと高い自負が滲んでいる。
「あの、ボルツさんですか? 開拓村の村長さんから、これをお渡しするように言われてきまして……」
陸が紹介状を差し出すと、ボルツは不審そうに眉をひそめながら封を破った。しかし、手紙を読み進めるにつれ、その厳めしい顔が急に和らぎ、丸い目をさらに見開いた。
「な……っ! ライアスとエレナちゃんの命を救ってくれたお方か! あの頑固な村長が、これほど手放しで人を褒めちぎる手紙など初めて見たぞ……! 陸殿とお呼びしても? いやはや、村の命の恩人にお会いできて光栄ですぞ!」
「いえいえ、そんな大層な者じゃないです! 陸で大丈夫です!」
ボルツは陸を店の奥の立派な木製応接スペースへ通し、淹れたての温かいお茶を出してくれた。村の近況やライアスの全快を喜んだあと、陸は荷から丁寧にくくられた清潔な布袋を取り出した。
「あの、ボルツさん。実はここに来るまでに、村の設備を借りてこんなものを作ってみたんです」
陸は小包の紐をほどき、袋の中から一粒だけ黒い丸薬を取り出し、清潔な紙の上にそっと載せて見せた。袋の中には、同じ丸薬がぎっしりと二百粒ほど詰まっている。
「む……? 黒くて小さな……丸薬か? これは一体どんな薬なのだ?」
「毒素や有害なものを強力に吸着して体外に出す、整腸と食あたりの薬です。お腹を壊したときや、急な胃の痛みに凄く効きます」
陸はあえて「活性炭」や「木炭」という具体的な原材料の名は一切口にしなかった。実家のスーパーで兄の手伝いをしていた頃、「独自の製法やコアな原材料は絶対に安易に明かしてはならない。それが自社の価値を守る基本だ」と言っていたからだ。
ボルツは紙の上の丸薬を覗き込み、眉をひそめた。紹介状には陸の不思議な薬の知恵が絶賛されている。だが、見たこともない漆黒の粒に、商人としての慎重な色が浮かんだ。
「ふむ……紹介状の通り素晴らしいお方なのは疑わんが……見たこともない黒い薬だ。何が配合されているのか分からん以上、効き目や安全性が確かめられないと、いきなり買い取るわけにはいかんのが商売でな……」
「あ、それなら大丈夫です。まず僕が飲んで見せますね」
「なに……!?」




