第七話 ただのとおりすがりの学生
その夜、開拓村の中央広場では、ライアスの完治と村の平穏、そして陸への感謝を込めた盛大な宴が催された。
中央に組まれた大きな焚き火がパチパチと音を立てて爆ぜ、オレンジ色の温かな光が村人たちの笑顔を照らし出している。香ばしく焼き上げられた大コマ肉や、山菜たっぷりの温かいスープが大きな木の器に盛られ、果実酒の樽が次々と開けられた。
「さあさあ、陸殿! 今夜は村の総力を挙げた宴じゃ、どんどん食べておくれ!」
村長が溢れんばかりの料理を陸の器に盛り付けながら、破顔した。
「ありがとうございます、村長さん! すごくおいしいです」
普段は自分から話しかけるのも苦手な陰キャの陸だったが、村人たちの気取りない温かさに心が解けていくのを感じていた。そこへ、元気になったライアスと、妻のエレナが杯を持って歩み寄ってきた。
「陸さん、改めて本当にお世話になりました。……僕、あのまま死ぬのかなって思ったとき、エレナを置いて逝くのが一番心残りで……。命を救ってくれた陸さんは、僕たち夫婦の生涯の恩人です」
ライアスが感極まった面持ちで頭を下げると、エレナも隣で優しく眼差しを緩めた。
「ええ、本当に……。陸様が来てくださらなかったら、私は今頃どうなっていたか……。陸様は、私たちの命の救世主様です」
「や、やめてくださいよ、救世主なんて……! 僕はただ、出来ることをしただけですから」
二人に揃って深く感謝され、陸は顔を赤くして頭をかいた。すると、昼間にお腹を壊して倒れ込んでいた自警団の男が、大きな木樽を抱えて割り込んできた。
「おいおいライアス! 陸殿を独占するなよ! 陸殿、昼間は本当に助かったぜ! あんたのくれた黒い薬がなきゃ、俺は今頃腹を引き裂かれて死んでた! ほら、飲んでくれ!」
「あっ、僕は強いお酒はあんまり……」
「ハハハ! 無理に飲まなくていいぞ! 陸殿は村の自警団の仕事まで手伝って、あの素手の一撃で野良狼を追い払ってくれたんだろ? 強い上に優しくて、おまけに薬の知識まであるなんて……あんた一体何者なんだ?」
「ただの……通りすがりの学生ですよ」
陸が控えめに微笑むと、周囲を取り囲んでいた村人たちからドッと温かい笑い声と歓声が上がった。
「学生だって!? こんなに凄い学生がいるかよ!」
「陸殿、ずっとこの村にいてくれればいいのに!」
「ダメよ、陸様にはこれからの輝かしい旅路があるんだから!」と、口々に陸を称える声が飛び交う。
人付き合いが苦手で、元の世界では目立たないように生きてきた陸。しかし、この宴の温もりと、自分を必要としてくれた人々の笑顔は、胸の奥をじんわりと熱く満たしていった。
◇
翌朝、朝露が草木を濡らし、澄んだ冷気が心地よく肌を刺す清々しい明け方。村の出口にある丸太の柵の前には、村長一家をはじめ、村中の人々が集まっていた。
「陸殿、これは我が家と村みんなからの感謝のしるしと、旅立ちの餞別です。どうか持って行ってください」
村長から手渡されたのは、革紐で固く結ばれたずっしりと重い革袋だった。陸が手元で紐を解き、中を覗き込むと——一瞬、思考がフリーズした。
(うわ……いろんなコインがどっさり入ってるな。一体いくら入ってるんだ……?)
陸は誰にも悟られないよう目元だけに宙のホログラム画面を呼び出し、心の中で呟いた。
(おいZEUS、この革袋の中身、スキャンしてカウントできるか?)
『——了解。対象オブジェクト内の通貨構成を透過スキャンします』
視界の端で青い画面が瞬時に点滅し、正確な内訳が表示された。
『スキャン完了:ゴルド(大金貨)10枚、シルバ(銀貨)10枚、ブロン(青銅貨)100枚、ストン(小銅貨)100枚』
(えっ……!? 大金貨が10枚に、銀貨が10枚、銅貨が各100枚……!?)
ZEUSが弾き出した正確な枚数を目にし、陸は実家スーパーの手伝いで培った計算能力で、瞬時に頭の中に日本円のレートを当てはめて暗算した。
(1ゴルド=10万円、1シルバ=1万円、1ブロン=1000円、1ストン=100円だから……100万円 + 10万円 + 10万円 + 1万円 = 【121万円相当】……!?)
画面上のデータと自分の暗算結果に、陸は心の中で思わず目を丸くした。村人たちが感謝を込めて奮発してくれた、破格すぎる大金だった。
「そ、村長さん……っ! これ、いくらなんでも多すぎますよ! ゴルドにシルバをこんなに……僕みたいな一人の旅人にもらう金額じゃないです! 受け取れません!」
「何を言われますか! 息子の命、そして村全体の恩人の旅立ちですぞ! これでも足りんくらいです!」
「気持ちはすごく嬉しいです! でも僕、当面の宿代や食事代なら1ゴルドと小銭があればお釣りが来るくらい十分なんです!あとはお返しします!」
陸は恐縮しながら、革袋から輝く9枚のゴルドと10枚のシルバ全額を摘み取ると、村長の手へ丁寧に押し戻した。
「あっ、これ……っ! 陸殿、よろしいのですか!?」
「はい! 僕は1ゴルドと、ブロンとストンをいただいていきますから! 」
「陸様、これは私から……」
エレナが進み出て、仕立て直された丈夫な深緑色の布服と、パンパンに膨らんだ旅の荷を手渡してくれた。
「村の生地で縫い直した上着です。それと、固く焼き上げた麦パンと、塩漬けの干し肉を詰めておきました」
「陸さん、本当にお世話になりました。いただいたこの命で、僕も村をしっかり守っていきます。お気をつけて!」
完治したライアスが力強く陸の手を握りしめ、村長はロクスの友人へ宛てた大切な『紹介状』を荷のポケットへ差し込んでくれた。
「みなさん……本当にありがとうございました! お元気で!」
1ゴルドと小銭の入った革袋、紹介状、そして香ばしいパンと木炭を背負い、陸は何度も振り返りながら手を振った。
朝日が街道を黄金色に染めていく。低重力の世界。背中の荷物の重みなどまるで感じないほど軽い身体で、陸は爽やかな朝風を切りながら、大都市ロクスへと続く一本道を力強く走り出したのだった
開拓村編、完結です! ここまでお付き合いいただきありがとうございました。地球人体力で魔物を粉砕してしまった主人公ですが、次なる舞台は活気あふれる「商業都市」です。大都会でも彼の地球基準の身体能力は炸裂するのか、ぜひ見届けていただけると嬉しいです。続きが気になる方は、ぜひブックマーク登録や評価をお願いします! 読者の皆様の応援が本当に励みになっています。それでは、次の更新(商業都市編)でお会いしましょう!もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、画面下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、毎日の執筆の励みになります!




