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第六話:秘伝の処方

ライアスの順調な回復経過を見守りつつ、今後の行動について相談するため、陸はしばらく開拓村へ滞在することにした。


「陸殿、我が家……いや村全体を救っていただき、感謝の言葉もございません」


 村長をはじめ、すっかり意識を取り戻してベッドから身体を起こしたライアス、そして傍らに寄り添う妻のエレナが深く頭を下げた。


「僕でお役に立てたなら良かったです。実は僕も、ここからの行き先や周囲の地理について教えていただきたくて……」


 陸が自分でもどうしてこの森にいるのか分からず、気づいたら身一つで倒れていた状況を正直に伝えると、村長は同情を寄せながら説明してくれた。


「この村は豊かな森林に包まれていますが、すぐ目と鼻の先には小さな沿岸の港もあります。きこりや薬草採り、小漁で何とか暮らしているのです。……ここから街道を北へ向かった場所には、この地方の流通と商業の中心地である大きな城塞都市『ロクス』がありますぞ」


(おいZEUS、ロクスの街と、そこで需要が高くて自分で作れそうな売り物について検索できるか?)


 陸は誰にも悟られないよう、目元だけに宙のホログラム画面を呼び出し、心の中で問いかけた。すると即座に検索結果が更新された。


『——検索完了。商業都市ロクス。現地では水質管理の概念がまだ浅く、古い汲み置き水や保存状態の悪い食事によって、お腹を壊したり食あたりを起こすケースがしばしば見られます。体内の毒素を吸着排出する【整腸薬】は、確実な需要が存在します』


『製造方法:木炭を高熱処理して多孔質化した【活性炭】にし、現地生薬である【胃整草】の抽出液と練り合わせることで、現代の整腸剤と同等の製品が精製可能です』


(木炭と生薬か……! それならここで作らせてもらえるかもしれない!)


 陸はさっそく村長に、村の土窯やかまどに残っている木炭を使わせてもらえないか相談した。


「木炭……ですか? ええ、そんなもので良ければいくらでもお使いください!」


 村長の快諾を得た陸は、ZEUSの指示に従って土窯の空気を遮断し、高熱で一気に蒸し焼きにして不純物を取り除き、ミクロの穴が無数に開いた『活性炭』へと精製していった。


「陸様、薬草集めでしたら私がご案内します!」


 そう言って買って出てくれたのは、夫の命を救ってもらった恩返しにと意気込む妻のエレナだった。  翌日、陸はエレナの案内で、海の汐風がほのかに届く村の近くののどかな野原へと向かった。危険な魔物も出ない平和な場所だ。


「これが村の周辺に自生している【胃整草】です。たまにすり潰して塗布するのですが、効き目はそこそこで……」


「ありがとうございます、エレナさん! これと僕の用意した『特別な調合粉末』を練り合わせるんです」


 実家のスーパーでの経験から企業秘密を守るため具体的な炭の名は伏せつつ、ZEUSが特定した【胃整草】をエレナの手助けを受けながら大量に採取した。


◇

 滞在中の午後には、村の自警団の作業も手伝った。


「陸殿、村の外縁にたまに野良狼(レベル2)などの小魔物が迷い込んでくるんだ。巡回に協力してもらえると助かる」


「ええ、喜んで!」


 自警団と一緒に外縁を回ると、草むらから数匹の野良狼が現れた。陸は前に出ると、地球環境で鍛え上げられた高密度な地球人の肉体スペックを発揮する。狼が鋭い爪で飛びかかってきても、地球人基準の頑丈な皮膚は一切傷つかず素肌で軽々と弾き返してしまう。そのまま軽く手払いや押し返しを繰り出すだけで、低重力のこの世界では絶大な衝撃となって野良狼たちを一撃で無力化していった。


「ひ、ひとりで一瞬で片付けただと……!?」


 武術の技というより圧倒的な物理スペックで軽々と撃退してみせた陸の姿に、自警団員たちは目を丸くして感服した。


◇

 村へ戻った陸は、すり鉢の中ですりこぎをゴリゴリと音を立てて鳴らし、すり潰した胃整草のひんやりとした抽出液と自作の活性炭を丁寧に練り合わせ、黒い丸薬——**『整腸薬』**を丸めて作成していった。


 西の空が茜色に染まり始めた夕刻、村長の家の重い木造扉が、ドタバタと大きな音を立てて弾け飛ぶように開いた。


「た、助けてくれ……っ! 誰か、誰かおらんか……っ!」


 飛び込んできたのは、自警団の男だった。顔は土のように青ざめ、額からは大量の脂汗がだらだらと垂れ落ちている。両手で腹を強く抱え込み、膝から崩れ落ちるように床へ倒れ込んだ。


「どうした!? 一体何があったんだ!」


 異変に気づいた村長とライアスが奥から駆け寄る。


「く、巡回の最中に……腹が減って……焼き方の甘い脂っこい肉を食った上に、冷えた井戸水を一気に煽っちまって……っ! 腹の底が……雑巾みたいに絞られて……っ!」


 男は床をごろごろと転がり、激しい胃腸の蠕動痛と吐き気に身をよじらせていた。生焼き肉の脂分と冷や水による急性の胃腸炎・劇的腹痛だ。


「馬鹿者! 生焼き肉に冷や水なんて腹を壊すに決まっとるだろ! すぐにお湯を沸かせ!」


 狼狽する村長たちの横で、陸は素早く腰を上げた。出来立ての黒い丸薬を2粒摘み、木のコップに汲んだ水を手に男の傍らへしゃがみ込む。


「これを使ってください!」


「り、陸殿……!? それは……?」


 見慣れぬ黒い粒に躊躇する村長の前で、陸は自分の口に丸薬を1粒ひょいと放り込み、水で喉の奥へ流し込んでみせた。


「毒や害のあるものではありません。僕が飲んだ通り、体に安全な薬です。これを飲んで、水をたくさん飲んでください!」


 陸の静かだが力強いまなざしと堂々とした仕草に、苦しむ団員は藁にもすがる思いで丸薬を口に放り込み、差し出された水を必死で煽った。


 一分、二分——。  しんと静まり返った部屋に、団員の荒い息遣いだけが響いていた。やがて、ぎゅっと固く閉じられていた男の目元から脂汗が引き始め、腹を抱え込んでいた両手の力が少しずつ緩んでいく。


「あ……あれ……?」


 男は信じられないといった様子で自分の腹をさすり、ゆっくりと体を起こした。


「腹を……刺されるみたいだった激痛が……スッと消えていく……!? 胸焼けも胃のキリキリする痛みも……嘘みたいに楽になった……!」


「本当か……!? たったこれだけの時間で、あの腹痛が鎮まったというのか!?」


 さっきまでのたうち回っていた男がすっきりと立ち上がる姿を見て、村長は絶句した。


(よし……! 土窯の超高温で不純物を消し飛ばした【活性炭】の強力な吸着力と、ZEUSが特定した【胃整草】の優れた抗炎症・解毒成分が合わさったおかげだ。現代の医療科学と異世界の生薬成分が合わさった特効薬として、完璧に機能してくれたぞ)


 陸は胸を撫で下ろしながらも、実家のスーパーで学んだ商売の鉄則——コア技術の保持を忘れなかった。活性炭への蒸し焼き工程と正確な調合比率は「秘伝」として伏せつつ、村人への配慮として誰でもできる簡易的な処方を授ける。


「村長さん、僕が去ったあとも皆さんがお腹を壊したときに和らぐよう、誰でもできる簡易的な処方をお教えしますね。胃整草を煎じたお湯に、かまどの木炭の粉末をほんの少し混ぜて飲んでみてください。それと……この完成した丸薬も、村の非常用にいくつか置いていきます」


 陸が丁寧に布へ包んだ丸薬の小袋を手渡すと、村長は両手でそれを受け取り、溢れ出る涙を拭おうともせずに何度も頭を下げた。


「おお……っ! 簡易的な処方だけでなく、こんな貴重な秘伝の薬まで……! 陸殿、本当にどこまで温かく、思いやりの深いお方なんじゃ……っ!」




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