第五話:処方箋と、静かな夜(後書にフェルナンディア大陸地図)
村長の家の一番広い奥部屋に入ると、そこには激しい熱にうなされ、汗だくになって木製ベッドに横たわる若い男性の姿があった。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「あなた……っ!」
エレナがすっ飛んでベッド脇に駆け寄り、苦しむ夫の手を両手で固く握りしめた。その隣では、目の下に深い隈を作った白髪の長老が、痛ましそうに旦那の額を濡れ布巾で拭っている。
「すまない、エレナ……。せっかく命がけで持ってきてくれた薬草を、村に伝わるやり方で細かくすり潰し、胸や額に塗り込んではいるのだが……熱が一向に下がらんのだ。長年この村で薬草を扱ってきたワシの知恵では、もうどうにもしてやれん……っ」
「そんな……っ! 諦めないでください、長老様……っ!」
悲痛な声を上げるエレナと、悔しそうに唇を噛みしめる長老。
その様子を後ろで見つめていた陸は、視線の端に浮かぶ青いホログラム画面に意識を向けた。
(おいZEUS、旦那さんの症状と、その薬草……スキャンして検索してくれ!)
『——了解。患者の生体スキャン、および該当薬草の成分解析を開始します』
宙の画面が微かに点滅し、陸の瞳にだけデータが高速で流れていく。
『解析完了。患者の病因は、森の微小毒虫の噛み傷による局所感染症および高熱です。また、該当薬草には強力な抗炎症・解毒成分が含まれておりますが、現地の【すり潰して皮膚に塗る】という民間療法では、成分の吸着率が極めて低く、十分な効果が得られません』
(やっぱり……! 使い方が間違ってるんだ!)
『地球モード医療データベースと照合。該当薬草の有効成分は、熱湯で一定時間沸騰させて抽出したのち、内服させることで吸収率が数十倍に跳ね上がり、体内毒素を速やかに中和します』
(よし、それなら僕にも教えられるぞ……!)
陸は深く息を吸い込むと、優しく部屋の大人たちに声をかけた。
「あの……すみません。少しよろしいですか?」
声をかけてきた見知らぬ青年に、長老は驚きつつも、穏やかな眼差しを向けた。
「おや、見慣れぬお方じゃな……。すまないね、今ちょうど看病中で……」
「長老様、こちらのお方は陸様とおっしゃって、森で私を助けてくださった命の恩人なのです」
エレナが説明すると、長老は
「なんと……!」と深くお辞儀をした。
「そうでしたか、エレナを救っていただきありがとうございます。……何か私に御用でしょうか?」
「はい……その薬草なんですが、生ですり潰して皮膚に塗るより、細かく刻んで熱湯でしっかり煮出してから、お湯ごと飲ませた方がずっと効果が出ると思うんです」
「なに……薬草を、煮出して飲む……!?」
長老は目を見開いた。
「し、しかし……生の薬草をお腹に入れて、腹を壊したりはせんじゃろうか……!? この村では昔から、薬草は揉んですり潰して塗るものと決まっておるのだが……」
「大丈夫です。熱い湯でしっかり煮立てればお腹を壊す心配もありませんし、体の中から直接成分が吸収されるはずです」
陸が不安を和らげるように穏やかなトーンで説明を続けると、長老は陸の真っ直ぐな瞳をまじまじと見つめた。そして、力強く頷いた。
「……分かった! ワシらの古いやり方に固執して、この若い命を失うわけにはいかん。君のその真っ直ぐな目と知識を信じよう! すぐに湯を沸かすのじゃ!」
長老自ら沸かしてくれた熱湯に、陸は細かく刻んだ薬草を投入した。ZEUSが提示する最適な抽出時間を守り、じっくりと成分を煮出していく。
「よし……人肌くらいまで冷めたら、少しずつ飲ませてあげてください」
エレナが器を受け取り、夫の口元へ少しずつ薬湯を注ぎ込んでいく。
薬湯を飲み干してから、十数分ほど経った頃だった。
「あ……」
エレナが息を呑んだ。 劇的に熱が下がり切ったわけではない。だが、先ほどまで
「はぁっ、はぁっ」
と胸を上下させてゼーゼーと苦しそうだった呼吸が、スーッ、スーッと穏やかで静かなものに変わっていたのだ。痛痛しく浮き出ていた顔の汗もスッと引いている。
「呼吸が……楽になっている……!?」
長老が手首の脈を測り、目を見開いた。
「脈拍の乱れが収まっておる……! 熱の上がり方も収まったぞ! 素晴らしい……本当に薬草の成分が体の中から効いているのだね……っ!」
「あぁ……よかった……っ! ありがとうございます……っ!」
エレナは旦那の手に頬を寄せ、安堵の涙をこぼした。
「ですが、薬の効果がしっかり巡って完全に熱が下がるのは明日になると思います。今夜はこのまま安静にして、水分を補給してあげてください」
「うむ、うむ! それで十分じゃ! 陸どの、本当にありがとう……っ!」
長老が陸の手を両手で固く握りしめた。村長も胸を撫で下ろし、陸の肩を優しく叩いた。
「陸殿、命の恩人をこのまま夜の森へ返すわけにはいかん。今夜はぜひ我が家に泊まっていきなさい。大したもてなしはできんが、温かい食事とベッドを用意させてもらうよ」
「えっ……いいんですか? ありがとうございます、すごく助かります!」
行くあてもなく、どこで寝ればいいか困っていた陸は、ホッと胸を撫で下ろした。
その夜、村長の家で出されたのは、素朴な野菜のスープと焼き立ての固めのパン、塩漬け肉の小皿だった。豪華な料理ではないが、温かいスープが身に沁み、陸は久々の心地よい満腹感を味わった。
そして案内された客間のベッドは、藁と羊毛が詰まったふかふかの手作りベッドだった。
(はぁ……一時はどうなるかと思ったけど、屋根のある場所で寝られるなんて本当にありがたいな……)
見知らぬ異世界での極度の緊張と疲れが一気に押し寄せ、陸はベッドに横たわると、あっという間に深い眠りについた。
——そして、翌朝。
「陸様! 陸様……っ!」
朝の爽やかな光が差し込む部屋で、エレナの弾んだ声に起こされた。
「エレナさん……? どうかしましたか?」
「夫が……夫が目を覚ましたのです! 熱も完全に下がって……っ!」
陸が慌てて奥部屋に向かうと、そこには体を起こし、まだ少し力がないものの、すっきりとした表情で粥を食べている旦那の姿があった。
「あ……君が、僕を助けてくれた陸さんかい……? エレナや父さんから聞いたよ。本当に……本当にありがとう……!」
「あ、いえ! 熱が下がって本当に良かったです……!」
力強くお礼を言われ、恐縮して手を振る陸。 村長とエレナ、そして長老までもが溢れんばかりの感謝の笑顔を浮かべ、陸を囲むのだった。




