第34話:三人目の仲間
「陸くん、おはよう! 約束の一週間よ」
ルナは周囲の視線を避けるように室内へ滑り込むと、手早く鍵をかけ直した。
「ふぅ、室内なら大丈夫ね」
一息ついたルナは、指先を添えてさっとフードを後ろへ脱ぎ払った。
その瞬間、朝の光を浴びて、純金の絹糸を細く紡ぎ上げたような髪がふわりと肩の上で舞い踊り、黄金の粒を弾くように光を反射させた。
フードの影から現れたのは、雪のように透き通る肌と、吸い込まれそうなほど深く澄み渡ったサファイア色の瞳。髪の隙間から覗く繊細に伸びた尖り耳が、差し込む光に薄く透けて微かに輝いている。
造形の一筆一筆が丁寧に描かれたようなその顔立ちを目にした瞬間、陸は思わず息を止め、足元を地面に縫い付けられたように立ち尽くした。
「あ、あのルナさん! おはようございます! またお会いできてすごく嬉しいです!」
顔を赤らめながらも、表情を輝かせて素直に喜こぶ陸に、ルナもサファイアの瞳を輝かせて嬉しそうに微笑み返した。
「ふふっ、元気にしてた? マルセルが隣町から戻ってきたみたいだから、さっそく会いに行きましょう!」
「はい! よろしくお願いします!」
弾むような高揚感を胸に、陸はルナの案内に続いてロクスの旧市街地にある静かな診療所へと向かった。
◇
薬草の独特な香りが漂う清潔な診療所の奥から出てきたのは、黒髪を短く切り揃えた、引き締まった身体つきの四十代前半の男性だった。目元にうっすらと刻まれたシワと、無駄のない身こなしからは、修羅場をくぐり抜けてきた熟練者ならではの頼もしい威厳が漂っている。
「おや……ルナじゃないか。久しぶりだな」
低く落ち着いた声色で迎えてくれたのは、人間の治癒師・マルセルだった。
「マルセル! お久しぶり。こちらは私のパーティメンバーの渡辺陸くんよ」
「渡辺陸と申します。はじめまして、マルセルさん」
陸が丁寧にお辞儀をすると、マルセルは鋭い眼差しで陸を見つめ、静かに頷いた。
「陸というのか。……してルナ、本日はどのような用件だ? またどこか怪我でもしたのか?」
「いいえ、今日はマルセルを私たちのパーティにスカウトしに来たのよ!」
ルナがいきなり本題を切り出すと、マルセルは一瞬驚いたように眉をひそめたが、やがて静かに首を横に振って微かな苦笑を漏らした。
「……ありがたい誘いだが、断らせてくれ。俺はもう、前線で戦う冒険者は引退した身だ」
「どうして?元Aランクパーティの治癒師だったマルセルの技術があれば、どんな現場でも心強いのに……」
食い下がるルナに対し、マルセルは窓の外の空を見つめ、静かな口調で理由を語り始めた。
「……一年前、Aランクとして前線に立っていた頃の話だ。目の前で前衛の仲間が魔物に押し潰されたんだよ。Sランク昇格を焦ったんだろうな。それまで着実に実績を重ねてきた二人だったから……ベヒモス相手に、俺の撤退指示を聞かずに突っ込んだ。一旦下がって俺の治療を受ける間すら作らずにな」
マルセルは苦々しく顔を歪め、ぎゅっと自分の両手を握りしめた。
「ベヒモス自体は倒したんだが……二人ともベヒモスの角に深く貫かれていて、後方に下がってきた時にはもう手遅れだった。治癒魔法すら受け付けないダメージで、結局仲間を救えなかったんだ。あの時の光景が、今でも夢に出るのさ」
マルセルは視線を低く落とし、静かな声で言葉を継いだ。
「パーティーとしてはSランク昇格が認められたんだが……肝心の二人はもういない。だから俺は昇格を辞退したよ。仲間を救えなかった治療師の俺が、自分だけ昇格なんて受け取れるわけがないからな。バルバロス武導帝国の重戦士ガルスと、グラント公国の槍使いリューク……二人の遺体と、二人のSランク冒険者カードをご遺族に届けるのが、冒険者としての俺の最後の仕事だった」
一度言葉を切り、マルセルは深く吐息をついた。
「それに、俺には王都で暮らす妻と、学校に通う子供がいる。仕送りと学費を稼ぐなら、怪我人の絶えないこのロクスで治療院を営む方が安全で手堅いからな。高難度の依頼を受ければ確かに一獲千金で学費なんてすぐ作れるだろうが……自分が死んで家族の生活を途絶えさせるリスクを冒してまで、前線に戻る気にはなれん」
元Aランクとしてのつらい思い出と、離れて暮らす家族への深い責任感。マルセルの言葉には、四十代の父親としての重みが込められていた。
その重い空気の中、陸はまっすぐな瞳でマルセルを見つめ、静かに佇む。
そんな陸の横顔と立ち姿を見つめ、ルナが誇らしげに前へ踏み出した。
「マルセル、私の実力は知っているでしょう? 私がついていて、前線が簡単に崩れるわけがないわ」
「それは分かっているが、万が一ということが——」
「そのうえで、この陸くんを見て」 ルナはサファイア色の瞳を輝かせ、力強く陸のことをマルセルへ紹介した。
「陸くんは自分では何も言わないけれど、その身体能力は本当に規格外なのよ! ギルドの補強された打撃測定木偶を一撃で砕いて、この前なんてレベル4のオーガの突進すら素手で正面から受け止めて一撃で倒しちゃったんだから!」
「なに……っ!? あのオーガを素手で……!?」
百戦錬磨のマルセルが思わず目玉を見開いた。だが、いくら信頼するルナの言葉とはいえ、素手でオーガを倒すなどあまりに現実離れしている。マルセルは信じがたい様子で陸を見つめた。
「ルナ……いくらなんでも、素手でオーガというのは……」
「あ、やっぱり信じられないわよね? じゃあ陸くん、これ壊してみて!」
ルナは診療所の棚に置かれていた、患者の牽引や固定に使う分厚い『補強金具』を手に取り、陸へ手渡した。鍛冶職人が作りあげた、大人の男が両手で体重をかけてもびくともしない頑丈な鉄塊だ。
「えっ……? これを、ですか……?」
陸は「壊しちゃっていいのかな」と戸惑いつつも、手渡された金具を右手で軽く包み込んだ。固い瓶のふたをあけるように、グっと手に力を込める。
——メリメリメリッ! クシャッ!!
耳を疑うような金属の軋み音が響いた一瞬後、分厚い金具は、まるでアルミ缶のように歪み、陸の手の中で無残に歪んだ鉄塊となった。
「……えっ?」
手元に残る歪んだ鉄塊を見つめ、陸自身が「あ、やりすぎたかも」と気まずそうに頭をかく。
「えええええっ……!? ほ、補強金具を……素手で捻りつぶした……っ!?」
目の前で起きたあまりの光景に、元Aランクのマルセルは大きく口を開き、絶句した。
「ね? これだけの前衛がいれば、前線が崩れることなんて絶対にないわ。私たちがついていれば安全に高難度依頼をこなせて、お子さんの学費だって一気に作れるわよ」
ルナの自身あふれる言葉と、目の前で見た怪力。 マルセルは息を飲み、潰れた鉄塊と陸の気まずそうな顔を交互に見つめた。
——その瞬間、マルセルの胸の奥で、家族のためにと深く押し込められていた『何か』が、熱く爆発した。
(……ああ、そうだ。俺は……俺は本当は、冒険が大好きなんだよ……!)
治療院でおとなしく傷を診る毎日。それも悪くはなかった。だが、過酷な現場で仲間と息を合わせ、命を預け合い、難関を突破した時のあの震えるような達成感。危険と背中合わせの泥臭い冒険者の現場が、自分は死ぬほど好きだったのだ。
呪縛と家族への責任感で自分の心に嘘をつき、諦めようとしていた情熱が、崩れない前衛(陸)という存在を得て、激しく血を滾らせていた。
「……ハハ、ハハハハっ!」
ご覧いただきありがとうございます!
続きを読みたいと思っていただけましたら、ぜひブックマーク登録や☆評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります! よろしくお願いいたします。




