第31話:ルナと二人で新居の夕餉
「でもっ! 自分の足で立って……一生懸命生きてるルナさんのこと、すごく格好いいと思ってます! だから……僕も変に身構えたりしないで……っ! これからも『ルナさん』の仲間として、全力で頑張りますから……っ!」
最後は一息に叫ぶように言い切り、陸は恥ずかしさのあまりガクンと頭を下げた。
「……ふふっ」
目の前で、くすりと楽しげな笑い声が小さくこぼれた。
恐る恐る顔を上げると、ルナは金髪をそっと耳にかけ、サファイア色の瞳に温かな光をたたえて優しく微笑んでいた。
「うん! ありがとう、陸くん」
◇
「ところで、ルナさんってこのロクスの街では普段どこに住んでいるんですか? 『若葉の旅籠亭』にはいらっしゃらなかったみたいですけど……」
「ああ、私のロクスでの拠点ね」
ルナは窓の外の街並みへ視線の向きを変えた。
「ギルドが管理している、上級冒険者用の専用ゲストハウスを借りているのよ。セキュリティも頑丈で静かな場所なんだけど……やっぱり街の中だと、ふとした瞬間に顔が割れて騒ぎになっちゃうでしょう? だから、なるべく目立たないように静かに過ごすようにしているの」
そう言って部屋を見回したルナは、陸の広い居間と裏手の作業場をうらやましそうに見つめた。
「陸くんのこの一軒家、井戸も作業場もあって、日当たりも良くて本当に素敵ね。静かだし、居心地が良くて羨ましいわ」
「あはは、ボルツさんが安く用意してくれたおかげです。ルナさんさえ良ければ、いつでも遊びに来てくださいね!」
「本当!? ふふ、じゃあ遠慮なくたくさん押し掛けちゃうわね!」
ルナは胸の前で手を合わせ、楽しそうに笑い声をこぼして可憐に微笑んだ。
陸はそっと視線を向け、自分の目の前の空中にだけ浮かび上がる透き通った青いホログラムスクリーンを意識した。周りの通行人にもルナにも見えない、陸専用の検索画面だ。
『——全知AI検索エンジン【ZEUS】、待機中』
(……最初は一人ぼっちで異世界に放り出されてどうなるかと思ったけど、新居も決まって、ルナさんっていう頼もしい、すごい美人の相棒もできて……本当に良かったな。ZEUSのおかげでもあるし、地球で学んできたこと全部に感謝だな)
光の画面を閉じ、自分の手のひらをそっと見つめる。 この世界で少しずつ積み上げてきた確かな足跡と、感じながら、陸は何かを確かめるように力強く拳を握り直した。
二人は温かいお茶を飲み干すと、明日尋ねる予定のベテラン治癒師マルセルへのスカウトに向けて、楽しそうに作戦を練り直すのだった。
温かい出汁スープを飲み終え、パーティの未来について語り合ったあと、陸は立ち上がって台所へと向かった。
「ルナさん、せっかくですから今日持ち帰ったあの『巨大クマ』のお肉で夕飯にしましょう。肉だけじゃ寂しいですし、野菜と……僕が作った『うどん』もあるので出しますね。すぐに作りますから、少し待っていてください」
「え、巨大クマのお肉! ……あ、でも『うどん』ってなぁに? 初めて聞く名前だわ」
首を傾げるルナに、陸は微笑みながら答えた。
「僕の故郷の、小麦粉を練って作った麺料理です。スープによく合うんです」
「へえぇ、麺料理! 陸くんが作ってくれるなら、すごく楽しみだわ!」
ルナが居間の椅子で待つ間、陸は台所のかまどの前に立ち、目の前の空中にだけ浮かび上がる透き通った青いホログラムスクリーンを意識した。
『——全知AI検索エンジン【ZEUS】、スタンバイ中』
(ZEUS、このレベル5の巨大クマの肉を、おいしく食べる調理法を検索してくれ)
陸の視線に応じ、青い画面上でレシピデータが高速でスクロールされた。
『——検索完了。該当回答:巨大クマ肉のカツレツ。切り分けた肉の表面を叩いて伸ばし、塩をふり、溶き卵、パン粉をまぶし、油で焼きあげることで地球の欧州のカツレツ以上のものができあがります。欧州では仔牛の肉を使いますが、フェルナンディア大陸の巨大クマ肉は仔牛以上に風味豊かなカツレツができあがります。パン粉はできるだけ細かい方が油の吸収も少なくサクサクとした味になります。』
(へえ-、トンカツしか知らなかったけどそんな料理があるのか。これなら、すぐできそうだな!)
スクリーンをサッと消し込むと、陸は腰につけたマジックボックスを開いた。この世界は攻撃魔法こそ火種や明かり程度だが、保冷や保温といった生活魔法の機能は非常に優れている。内部が常に冷たく保たれ、食材の状態が保存されるこの箱は、陸にとってまさに地球の冷蔵庫だった。
マジックボックスから、新鮮な野菜と、仕込んでおいた手打ちうどん、そして巨大クマの上質な肉ブロックを取り出す。
まずは衣となるパン粉作りだ。固く焼き上げた保存用の乾パンを取り出すと、陸はそれを両手で挟み込み、軽く指先をすり合わせた。普通ならおろし金で削ったり、袋に入れて叩き潰さなければ砕けない乾パンが、地球人の指力にかかれば豆腐でも崩すかのように、簡単に細かいパン粉ができあがる。手のひらからこぼれ落ちたパン粉は、理想通りのさらさらとした極細のものに仕上がっていた。
「次は肉だな」
巨大クマの肉ブロックから切り分けた肉片をまな板に並べ、肉叩き代わりに麺棒を手に取る。本来ならクマ肉のブロックも陸がトントンと軽やかに叩くだけで、まるで生地が広がるようにみるみる柔らかく薄く伸ばされていく。地球人の腕力にかかれば造作もなく、あっという間にフライパンと同じくらいの大きさがある巨大で大判な薄い肉が2枚出来上がった。
下ごしらえを済ませた肉に軽く塩を振り、溶き卵と先ほどのさらさらのパン粉を丁寧にまぶしていく。
大きく伸びて一枚ではフライパンに収まりきらないため、陸は二つのフライパンをコンロに並べて同時に火にかけた。それぞれに1cmくらいの油をひいて熱し、フライパンいっぱいの大判カツレツを手際よく滑り込ませると、ジュワッと心地よい油の音が静かな台所に響き渡る。片面がきれいなキツネ色に変わったところで手際よく裏返し、香ばしい匂いを閉じ込めるようにサッと焼き上げていった。
それと並行して、隣の鍋ではあらかじめ引いておいた煮干し出汁と煎り酒を煮立たせ、火が通りやすいよう薄切りにした野菜を入れてサッと火を通す。野菜に火が通ったところで手打ちうどんを投入し、旨味たっぷりの汁でじっくりと煮込んでいく。
香ばしいカツレツの揚げ油の匂いと、出汁と煎り酒が織りなす奥深い和の香りが混ざり合い、台所いっぱいに広がり始める――。
「うわあ……! 大きい! 何これ、お皿からはみ出しそうなほど巨大じゃない! こんな料理、見たことないわ!」
大皿にドーンと鎮座する、きつね色に香ばしく揚がった巨大なカツレツ。その圧巻の存在感に、ルナはサファイア色の瞳を丸くして驚きの声をあげた。
「『カツレツ』という僕の故郷の料理なんです。本来はもっと厚切りのお肉を揚げる『トンカツ』っていう料理が一般的なんですけど、今日は巨大クマのお肉を薄く伸ばしてアレンジしてみました」
「へえ……『カツレツ』ね。ふふ、それじゃあ……いただきます!」
ルナは木製のナイフとフォークを手に取り、サクッと心地よい音を立ててカツレツを一口大に切り分けた。香ばしい衣の匂いとともに、ジューシーな肉汁の湯気がふわりと立ち上る。そのまま口へと運ぶと、ルナの表情がパッと華やいだ。
「〜〜〜っ! 美味しい……! 周りの衣が軽くてサクサクなのに、中のお肉は驚くほど柔らかくてジューシー! 噛むたびにクマ肉の上質な旨味が広がっていくわ……!」
「良かった! 油を吸いにくいように、衣のパン粉をできるだけ細かく挽いてみたんです」
「なるほど、だからこんなに軽やかなのね! いくらでも食べられちゃいそう……!」
続けて、ルナは隣の熱々な小鉢へと視線を移した。煮干し出汁と煎り酒の奥深い香りが漂う汁の中から、木製のフォークで初めて見る白い太麺——うどんをすくい上げ、フーフーと息を吹きかけてからパクリと口に含む。
「っ!? なにこれ……こんな食感、初めて! 噛むと押し返してくるようなすごい弾力があるのに、ツルツルッて喉越しが良くて……それに、この美味しいスープが麺によく絡んですごく美味しいわ! こんな食べ物があったなんて驚きだわ!」
細身の身体からは想像もつかない見事な食べっぷりで、ルナは香ばしいカツレツとうどんを交互に、実に美味しそうに平らげていく。
「喜んでもらえて良かったです! クマの肉ってこんなにおいしくなるんですね。うどんも気に入ってもらえて嬉しいです」
陸も自分の分を口に運びながら、目の前で嬉しそうに料理を食べてくれるルナの姿を見て、終始楽しそうにニコニコと頬を緩ませていた。
(やっぱり……こんなに綺麗で素敵なお姉さんと一緒に、賑やかに美味しいご飯を食べられるのって、すごく楽しいな!)
元の世界では目立たない普通の学生で、こんな風に素敵な女性と食卓を囲む機会なんて一度もなかった。恋心というよりも、綺麗で自分を認めてくれる年上の女性と楽しく食卓を囲んでいるという現状そのものが、陸にとってはたまらなく嬉しく、胸をワクワクとときめかせていたのだ。
「ふう……っ! 陸くんのお料理、本当に最高ね! お腹いっぱい、ごちそうさまでした!」
ルナは綺麗に空になったお皿を前に、心底幸せそうに表情を緩めると、両手を合わせて微笑んだ。
「こちらこそ、そんなにきれいに食べてもらえて嬉しいです!」
あんなに巨大だった大判カツレツと熱々の煮込みうどんはあっという間に二人の胃袋へと消え去り、二人は大満足で温かなお腹を満たしたのだった。
◇
手早く食器の片付けを済ませた頃には、窓の外にはすっかり美しい月夜が広がっていた。
「ふぅ、本当に美味しかったわ! 陸くん、ありがとう、ごちそうさまでした」
「いえいえ、またいつでも食べに来てくださいね!」
ルナは深緑色のフードを手に取って立ち上がると、ふと思い出したように手を打った。
「そうそう、陸くん。さっき話していたベテラン治癒師のマルセルの件なんだけどね」
【あとがき】 ご一読いただきありがとうございました! 陸の地球人パワー×料理知識と、美味しそうに平らげるルナの食卓シーンでした。次回もお楽しみに。 【★評価】やブックマークで応援していただけると嬉しいです!




