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第30話:月姫の告白

 ドギマギと挙動不審になりかける陸を見て、ルナは楽しそうに可憐な笑い声をあげた。


「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。それにね……これからもっと高いレベルの危険な依頼を受けるなら、万が一の怪我や毒に対応できる優秀な『治療師(ヒーラー)』をもう一人メンバーに加えると完璧ね!」


ルナは胸の前で両手を合わせると、清らかな風がそよぐような透明感のある声で優しく微笑んだ。


「というわけで……これから改めて、よろしくね! 陸くん!」


「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします、ルナさん!」


 舞い上がるような嬉しさとドギマギする高鳴りを胸に抱きながら、陸はルナとしっかり固い握手を交わした。地球人の規格外な身体能力を持つ陸と、Aランクの王女ルナ。最高の仲間を得た二人の冒険は、優秀な治療師探しと新たなる高みへ向けて、さらなる広がりを見せていくのだった。


 ギルドでの25ゴルドの換金と、特例でのCランク昇格手続き。そしてギルド前での正式なパーティ結成の握手を交わしたあと、陸とルナは大通りの人混みを避け、職人街の裏手にある陸の新居へとやってきた。


「どうぞ、ルナさん。大したおもてなしはできませんけど、上がってください」


「お邪魔するわね、陸くん」

 

陸が鍵を開けて中へ招き入れると、ルナは深緑色のフードを両手でさっと後ろへ脱ぎ払った。純金を紡いだような美しい金髪がふわりと広がり、落ち着いた居間に華やかさが添えられる。


 陸は台所へ向かい、かまどで沸かしたお湯を使って香ばしいお茶を淹れた。そして、あらかじめ焼いておいたクッキーを小皿に載せ、居間のテーブルへと運ぶ。

この世界では砂糖が非常に貴重なため、手に入る材料でなんとかお菓子を作れないかと、裏でこっそりZEUSに検索させておいたのだ。市場で買った蜂蜜と小麦粉、卵だけで作れるレシピを弾き出してもらった、素朴な一品である。


「どうぞ、お茶です。あと……これ、蜂蜜で作ってみたクッキーなんですけど、よかったら」


「わあ、ありがとう! お茶もすごく良い香りだし……このお菓子、陸くんが作ったの?」


ルナはカップを両手で大切そうに包んで一口啜り、ほっと表情を和らげた。 続いて小皿のクッキーをひとつ手にとり、パクリと口に運ぶ。


「ん……! サクサクしてて、すごく美味しい! 蜂蜜の優しい甘さが広がるわ……!」


「マルセルっていう、四十代前半のベテラン治癒師なんだけどね。昔、私が高難度の討伐依頼で腕を痛めた時に治癒魔法で治してくれた人なのよ。過酷な現場をいくつもくぐり抜けてきた熟練者で、後方からの状況判断も戦闘の指揮も的確なの」


「四十代の熟練治癒師さんですか! それは頼もしそうですね」


そう頷いてから、陸はふと首をかしげた。


「あの……ルナさん。治癒師の方が『指揮をとる』って、どういうことなんですか? 魔法で傷を治すのが専門なんじゃ……」


「ふふ、そこなのよ!」


ルナは指を一本立てて、言葉を続ける。


「陸くんや私みたいな前衛は、目の前の敵と戦うので必死になっちゃうでしょう? でも、後ろに立つ治癒師は、パーティ全員の体調や敵の動き……戦場全体を一番冷静に見渡せる位置にいるのよ」


「修羅場を何度もくぐってきた熟練の治癒師なら、いつ引くべきか、誰をサポートすべきか、全体を見て一番正しい判断を下せるの。だから、腕の立つ治癒師は『パーティの司令塔』でもあるのよ」


ルナの説明を聞いて、陸の頭の中でパズルのピースがハマった。


「あ……そっか! 野球のキャッチャーみたいなものですね! 一番後ろから全体を見渡して指示を出す『守備の要』……」


「きゃっちゃー……? 野球っていう何かの運動のことかしら? よく分からないけれど、まさにそういうことよ! パーティの“目”になって戦況を動かしてくれるの」


ルナはしっくりきたように微笑み、力強く頷いた。


「前衛で敵を引きつけ、攻撃や支援をする役、そして全体を見て回復と指示を出す役……。この三人が揃うのが、冒険者にとって一番バランスが良くて、隙のない最適単位なのよ。人数が増えすぎれば移動や意思疎通が難しくなるし、逆に二人だとどうしても視野が狭くなって後手が踏みやすくなったり引き際を誤る。だからこそ『三人』がベストなの」



「なるほど……役割がしっかり噛み合っていて、一番動きやすい人数なんですね」


陸は深く頷き、ルナの説明に納得した。 ……だが、だからこそ、先ほどから気になっていた素朴な疑問が胸に浮かぶ。


「……あの、ルナさん。三人パーティーがそれだけ理想的だって分かっているのに……ルナさんはどうして、今までずっと一人で冒険者をされていたんですか?」


「……実はね、最初は単純に正体がバレるのが嫌だったからなの」


ルナは苦笑いを浮かべ、困ったように小さく肩をすくめた。


「城を抜け出してきた手前、固定のパーティーを組むと、どこかから王女だってバレて騒ぎになるか分からなかったでしょう? だから、誰とも組まずに一人で依頼をこなし続けていたのよ」


「なるほど……身バレを防ぐために、あえてソロを選んでいたんですね」


「ええ。でも、一人で攻撃も警戒も全部こなさなきゃいけない分、経験値のアップも早くて……気づいたらあっという間にAランクまで上がっちゃったのよね」


「ソロだからこそ、経験も実績もそれだけ早く積み上がったわけですか……」


「そういうこと。……で、Aランクになってからは、今度は実力が釣り合う人が周りにいなくなっちゃったの。Aランクの冒険者なんて滅多にいないし、無理にランクの違う人と組むと、かえって相手を危険に晒すことになっちゃうでしょう?」


「たしかに……実力差がありすぎると、お互いにやりづらいですよね」


「そうなの。だからずっと一人でやってきたんだけど……陸くんとなら、変な気遣いもいらないし、安心して背中を預けられるって思えたのよ」


そう言って、ルナはサファイア色の瞳に温かな光をたたえ、嬉しそうに微笑んだ。


(うん、待てよ、釣り合う人がいないのに、僕が仲間に?え-!)


「えっ……! ぼ、僕なんかで……本当に良いんですか……!?」

Aランク冒険者のルナから伝えられたこの上ない言葉に、胸が跳ね上がるほどの嬉しさがこみ上げる。

だが同時に、


「自分みたいなただの大学生が、本当にルナさんに見合うんだろうか」という不安と恐縮が押し寄せてきた。


陸は思わず自分の胸に手を当て、確認するように身を乗り出してしまう。


「だってルナさん、Aランクですよ……!? 僕なんてまだ冒険者になったばかりだし、足引っ張っちゃうかもしれないのに……」


「ふふっ、もちろん陸くんが良いのよ。」


慌てる陸の様子に、ルナは楽しそうに笑いをこぼすと、真っ直ぐに陸の目を見つめて優しく言葉を継いだ。


「私は、陸くんの凄まじい力も、誰に対してもどこまでも誠実なところも、ちゃんと知ってるもの。だから……もっと自信を持って?」


「っ……」


真剣な眼差しで真っ直ぐに信頼を寄せられ、陸の顔が一気にカッと熱くなる。 照れくささを誤魔化すように頭をポリポリとかきながら、少し顔を赤らめて必死に言葉を紡いだ。


「あ、あの……ありがとうございますっ。ルナさんの期待にちゃんと応えられるように……僕、精一杯頑張りますから……!」


不器用だけれどどこまでも真っ直ぐな陸の言葉に、ルナは嬉しそうに瞳を輝かせ、頷くのだった。


「うん! 期待してるわね、陸くん」


陸はルナの期待に応えようと決心して頷いた。

 ◇

パーティの具体的な方針が決まり、場がホッと和やかな空気に包まれたところで、陸はずっと胸に秘めていた問いを遠慮がちに切り出した。


「……ルナさん。Aランク冒険者として『月銀の舞姫』なんて凄まじい二つ名で呼ばれるまで手腕を磨いて、一人で立ち回ってこられた……その一番の思いって、何だったんですか?」


ZEUSの検索データには『Aランク冒険者「月銀の舞姫」。その正体は出奔した第三王女』と無機質な事実だけが記録されていた。だが陸が知りたかったのは、そんな二つ名やデータではなく、目の前にいるルナ自身の生の言葉だった。


「……そっか。陸くんには、ちゃんとお話ししておかなくっちゃね」


ルナのサファイアの瞳に、少しだけ懐かしむような、けれど凛とした強い意思の光が宿る。


「城の中に閉じこもって、大人たちが決めた礼法や政略結婚の道具として生きるのが、どうしても耐えられなかったの。姉様たちはとても立派で聡明な方々だから……私はただ、きらびやかな鳥籠の中から外の世界を眺めているだけの存在だった。でも私、自分の足で世界を歩いて、自分の剣と弓で困っている人を助けて、一人の人間として生きてみたかったのよ」


「……それで、一人で城を飛び出して、Aランク冒険者に……」


「ふふっ、最初は本当に大変だったわ。でもね、外の世界で出会う景色や人々は全部新しくて、初めて『自分の人生を生きてる』って実感できたの。……それに」


ルナはそこで言葉を区切ると、愛おしそうに陸の目を見つめた。


「城を出たからこそ……こうして陸くんやみんなと出会えて、一緒にお茶を飲んで笑い合えている。だから私、あの時の選択を一度だって後悔したことはないわ」


(……う、うわあ……っ! ま、真っ直ぐ見つめられてる……!)


正面から向けられたルナの真摯な眼差しに、陸の耳たぶまで一気にカッと熱が駆け上がった。 心臓がドクンと跳ね、膝の上で握りしめた拳にぐっと力が入る。格好いいセリフなんて、何一つ頭に浮かんでこない。


「あ、あの……っ! ぼ、僕……王女様とか『月銀の舞姫』なんて、正直すごすぎて全然想像もつかないですけど……っ!」


上ずった声のまま、目を泳がせ——それでも、真っ赤な顔でルナの瞳を見つめ返した。



【あとがき案】 最後までお読みいただきありがとうございます! ルナの過去や、陸との不器用で誠実な関係性が描けて書いていて楽しかったです。

次回は、パーティの『司令塔』となるベテラン治癒師マルセルの元へ向かいます!

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