第29話:これからの陸とルナ
重厚な調度で調えられた執務室。立派な木製デスクの奥から立ち上がったのは、仕立ての良い執務服を隙なく着こなした、五十手前ほどの知的で厳格そうな男性だった。片眼鏡の奥に宿る鋭い眼は、冒険者とは明らかに異なる理知的な雰囲気を漂わせている。
彼の名はハルバート。元は王都の財務・行政部門で数字と組織管理を仕切っていた生粋の文官出身であり、その卓越した統理能力を買われてロクス支部のギルドマスターに抜擢された人物だ。武力ではなく、合理性や規約の数値を冷徹かつ正確に評価することで知られていた。
「よく来てくだされました、ルナ殿。……そしてあなたが渡辺陸殿ですね」
ハルバートは静かな声色で二人を迎えると、デスクの上の書類に目を通しながら言葉を続けた。
「査定所からの報告はすでに上がっています。レベル4のオーガを一撃で討伐した圧倒的な武力もさることながら……本来なら大人数で何時間もかかるはずの積載処理を、討伐からわずか数時間で終えて持ち込んだ手際。王都の会計官だった私から見ても、あなたの作業効率と身体能力は完全に規格外です」
ハルバートは片眼鏡の位置を指先で直すと、真っ直ぐに陸を見つめた。
「Aランク冒険者ルナ殿の強い推薦、ならびにレベル4オーガ単独撃破の実績を正式に認定します。ギルド規約第十二条に基づき、本日付であなたの冒険者ランクを『Fランク』から『Cランク』へ特例飛び級昇格とします」
「えぇっ……!? い、いきなりCランクですか……!?」
静かな執務室内に、陸の焦った声が響いた。Fランクから一気に三段階も飛び級での昇格。提示された銀色のプレートを前に、陸の頭の中は完全にパニックを起こしていました。
(ひえええ……っ! 飛び級なんて、僕の人生で一度も経験したことないぞ……っ!? 学校のテストでもスポーツでも、特例で高く評価されるなんて縁がない普通の生活を送ってきたのに……! こんな凄い扱いをされて、本当に僕でいいのかな……!?)
これまでの人生で「表彰や特別な評価をされた経験がない」ことへの戸惑いと恐縮。どう反応すれば正解なのか分からず、手先をモゴモゴと動かしながら冷や汗を流す陸。
そんな陸の素直な困惑を前に、王都の財務・行政部門で長年組織を治めてきたギルドマスターのハルバートは、片眼鏡の位置をそっと直すと、陸に向かって微笑んだ。
「ふふ、そう身構えないでください、陸殿。通常であれば地道に依頼をこなして段階を踏むのが規約ですが、Cランク相当以上の巨大クマとオーガの素材を、これほど鮮やかな状態で一度に持ち込まれたのです。これはギルドとしての客観的で正当な評価なのです。どうぞ誇りと自信をお持ちになって受けてください」
「あ、ありがとうございます……っ! 僕、がんばります……っ!」
文官出身らしい知的で落ち着いたハルバートの言葉に背中を押され、陸は恐縮しつつも、震える手で新しい『Cランク冒険者カード』を大切に受け取るのだった。
◇
ギルドでの手続きを終え、表の石畳の通りへ出た頃には、街にぽつぽつと柔らかな街灯が灯り始めていた。 陸は胸ポケットから取り出した、銀色に輝く新しい『Cランク冒険者カード』を静かに見つめた。
(見知らぬ異世界に一人で放り出された時は、どうなることかと思ったけど……なんとかやっていけているな)
衣食住も整い、自分の手で商売の仕組みを作り、冒険者としてもお金を稼いで生きていけている。胸の奥から、安心感が湧き上がってきた。
陸が意識を向けると、目の前の空中に、透き通るような青いホログラムスクリーンがふわりと浮かび上がった。周りの通行人には一切見えず、陸の視界にだけ映し出される特別な画面だ。
『—AI検索エンジン【ZEUS】、スタンバイ中』
(……それもこれも、全部このスクリーンに現れる『ZEUS』のおかげだな。なんで僕の目の前にこんなすごい検索画面が現れて使えるんだろう? ……まあ、いっか!)
深く考えすぎない陸特有の素直さでクスリと笑うと、陸は自分の両手を見つめた。
(地球環境で鍛え上げられた高密度な肉体も、サークルの武道研究会で稽古した基本の型も、実家のスーパーで手伝いをした経験も……全部この世界で役に立ってる。地球人で本当にありがたかったな……)
自分の歩んできた道と実家への感謝を噛み締めていると、隣を歩いていたルナが足を止め、サファイア色の瞳をきらめかせて振り返った。
「ねえ、陸くん。Cランク昇格、本当におめでとう! これで名実ともに中級冒険者の仲間入りね」
「あ、ルナさん……ありがとうございます。これも全部、ルナさんのおかげです」
「ふふっ、お互い様よ。……それでね、陸くん。私から提案があるの」
ルナは風になびく美しい金髪を耳にかけ、どこか嬉しそうな眼差しで陸をまっすぐ見つめた。
「私と正式に『パーティ』を組みましょう! 陸くんのあの凄まじい身体能力と、私の経験値があれば、高いレベルの依頼だってどんどん解決できるわ」
「えっ……! ルナさんと、正式なパーティ……!?」
ルナからの思いがけない提案に、陸の胸がドクンと跳ね上がった。息を呑むなんて言葉ではたりないほど綺麗な年上の女性であり、一国の王女様でもあるルナとパーティを組める——その今までの人生で経験したことのない嬉しさと光栄さがこみ上げると同時に、陸は顔を真っ赤にして猛烈にドギマギしてしまった。
(う、うわぁぁっ……! ルナさんと正式なパーティだなんて、嬉しすぎるけど……緊張して心臓が破裂しそうだ……!)
【あとがき案】 最後までお読みいただきありがとうございます! ルナと正式にパ-ティを組むことになった陸の今後を見守っていただけると嬉しいです。「面白かった!」「陸頑張れ!」と思ってくださった方は、ページ下部の【★評価】やブックマークを押していただけると、執筆の大きな励みになります!




