第三話:衝撃なき着地と、小さな一歩(魔物を吹っ飛ばす画像とにエレナを助け起こす陸の画像)
大木の幹を蹴り、頼りない木の枝を握りしめたまま宙を舞った陸は、着地の瞬間思わず全身を硬直させて身構えた。
だが——トン、と拍子抜けするほど軽い足音が響くだけで、膝への衝撃も痛みも一切なかった。まるで階段の一番下の段から飛び降りたかのような軽やかさだった。
(本当に痛くない……!?)
驚く陸の視界に入ったのは、地面に腰を抜かした綺麗な女性の姿だった。散らばった薬草のカゴの横で、彼女は助けを求めるような必死の眼差しで陸を見つめている。
「グァルッ……!」
突如降ってきた陸に対し、冬眠明けで腹を空かせた黒牙犬がターゲットを変えた。鋭い黒牙を剥き出しにし、陸へ向かって弾丸のように跳びかかってくる。
「うわっ……!?」
頭では武道研究会で教わった体さばきを思い描こうとするものの、本物の肉食獣が眼前に迫る恐怖で足がすくみ、練習のように正確に避けることなんて出来ない。黒牙犬の強靭な前脚が、陸の胸元を強く叩きつけた。
(やばい——!)
陸は思わず目を固く閉じた。
——しかし。
(……え? 痛くない……?)
衝撃で吹き飛ばされることも、肉が引き裂かれることもなかった。まるで見えない厚いクッションの上からポンと軽く叩かれた程度の手応えしか感じない。陸の骨も皮膚も、完全に無傷だった。
(本当に全然効いてない……! ZEUSの言ってた通りだ!)
攻撃が通じないことに一瞬呆然としたのは、黒牙犬の方も同じだった。
隙が生まれたその瞬間、陸は夢中で手に握りしめていた木の枝を突き出した。稽古で何度も繰り返してきた棒術の突きの型。正確なフォームではないが、身体が勝手に反応していた。
(折れるなよ……っ!!)
叩きつければ一瞬で粉々に砕けると思っていたスカスカの枝。 だが、陸の高密度な骨格と腕力から繰り出された突きは、折れるどころか槍のような鋭い打撃となって黒牙犬の首元を直撃した。
ドゴォン!!
「ギャンッ!?」
土佐犬ほどの巨体が、まるで風船のようにあっけなく吹き飛び、数メートル先の巨木へ激しく衝突した。そのままぐったりと倒れ込み、二度と動き出さなくなる。
「え……? ええっ……!?」
一撃で倒れた野獣と、手元でピンピンしている枯れ枝のような棒を見比べ、陸は自分のしでかしたことに目を丸くした。
(なんでこのスカスカの枝が折れないんだ!? いや、それ以前に僕、一撃で倒しちゃったの……!?)
「あ、あの……」
目の前で起きたあまりの出来事に、女性が声を震わせて呆然としていた。 陸は息を整えると、手元の枝を置いて彼女の元へ慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
「は、はい……! おかげさまで、怪我はありません……!」
安堵の息を漏らした陸は、地面に散らばった薬草を手際よく拾い集めてカゴへと戻した。 そして、腰を抜かして一人では立ち上がれない彼女にそっと手を伸ばし、背中と膝裏に手を回して包み込むように助け起こした。
その瞬間——至近距離で彼女の顔を直視した陸の胸が、ドクンと大きく跳ね上がった。
(う、うわぁ……っ! 間近で見ると、めちゃくちゃ綺麗な人だ……っ!)
化粧っ気はないが、驚くほどきめ細やかな肌、澄んだ瞳、そして柔らかく香る草木の匂い。これまで女性とろくに触れ合ったこともない陰キャな陸にとって、綺麗な女性を抱き起こしているという現状はあまりに刺激が強すぎた。陸は思わず耳まで真っ赤にし、顔を熱く染めて視線を泳がせながら大慌てでドギマギしてしまった。
(そ、それに、僕のこのパワーで急に抱き上げたりしたら、痛がらせたりしないだろうか……!?)
焦った陸は、口元だけで宙の画面に向かって素早く囁いた。
(おいZEUS! 僕の力で怪我させたりしないか!?)
『怪我をさせることはありません。転移時の肉体自動補正機能により、保護や救護の感情下では力加減が自動で最適化されます』
(よかった、それなら安心だ)
胸を撫で下ろす陸に対し、抱き上げられた女性の方は、ポッと頬を赤く染めて陸を見上げていた。痛むどころか、吸い込まれるような温かさと包容力に、静かに胸を高鳴らせている。
「助けていただき、本当にありがとうございます……! 私はエレナと申します」
「僕は渡辺陸です。無事で本当によかった。一人でこんな場所に入るなんて、何か事情があったんですか?」
「はい……実は村で家族が急な高熱で倒れてしまって……。この森にしか生えない薬草を採りに来たのです」
「ご家族が……。そういうことだったんですね」
事情を聞き、陸は頷いた。 それと同時に、陸の頭の中で現実的な疑問が湧き上がってくる。
(ここがどこなのかも分からないし、右も左も分からない状態だ……。それに、またさっきみたいな獣が出たら、彼女一人じゃ危険すぎる)
陸は少し緊張しつつも、しっかりとエレナの目を見て提案した。
「エレナさん、もしよければ村まで一緒にお送りしますよ。またさっきみたいなのが出たら危険ですし……実は僕、自分がどこにいるのかもよく分かっていなくて。道すがら、このあたりのことを少し教えてもらえると助かります」
「まあ……! 助けていただいた上に、村まで……! 案内でしたらいくらでもいたします! ぜひ、お願いします!」
エレナはパッと表情を輝かせ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、陸様……っ!」
こうして陸は、助けたエレナの安全を確保しつつ、見知らぬ異世界の情報を教えてもらうために、彼女の住む村へと向かって歩み出すのだった。




