第27話:雲の上の素顔
陸のおそるおそる投げかけた質問に、ルナは一瞬
「あらら」という顔をし、苦笑いを浮かべながらフードをそっと後ろへ脱ぎ払った。
「あはは……バレちゃったわね。別に陸くんに隠すつもりはなかったんだけど、変に身構えられたくなかったのよ」
ルナは風になびく金髪をかき上げると、サファイア色の瞳を少し照れくさそうに揺らした。
「うん。周りの人たちが言っていた通り、私は『エルドリア聖樹王国』の第三王女……ルミナス・エルドリアよ。でもね、城の中に閉じこもって格式ばった生活をするのがどうしても肌に合わなくてね。外の世界を自分の目で見て、自分の力で生きてみたくて、こうして冒険者として旅をしているのよ」
「お、王女様が……冒険者を……!?」
本物の王族であることをあっさりと認められ、陸の脳裏にはさらなる衝撃が走った。
(やっぱり本当だったんだ……! 助けた人がAランク冒険者なだけでも凄すぎるのに、一国の王女様だったなんて……! 僕、本当にトンデモない人と知り合っちゃったぞ……!?)
恐縮しまくって固まっている陸の様子を見て、ルナはふっと柔らかく微笑み、陸の顔を真っ直ぐに見つめた。
「ねえ、陸くん。私を助けてくれた時も、美味しいスープを淹れてくれた時も、陸くんは私の身分なんて関係なく、ひとりの人間として親切にしてくれたでしょう? だから……王女様としてじゃなく、今まで通りただの『ルナ』として接してほしいな。陸くんにそうやって距離を置かれちゃうと、私、なんだか寂しいよ」
「っ……あ、あの……」
そう言ったルナの佇まいがあまりにも気高く美しく、陸は思わず言葉を詰まらせた。深緑のフードの奥から覗く、雪のように澄んだ肌とサファイア色の瞳。王女という雲の上の存在でありながら、奢ることなく自分と対等に向き合おうとしてくれるルナの誠実さが、まっすぐ胸に刺さる。
(ああ……やっぱりめちゃくちゃ綺麗な人だな……。いや綺麗って言葉でも足りないんだけど、他の言葉が思いつかない!僕なんかじゃどうしても気後れしちゃうけど、ルナさんがそこまで言ってくれてるのに、いつまでもビクビク引いてたらそれこそ失礼だぞ……)
陸は顔を少し赤くしながらも、照れくさそうに頭を掻いた。緊張でまだ少し硬さは残っているものの、素直でまっすぐな目をルナへと向ける。
「……すみません、ルナさん。僕、すごく綺麗な上に王族だなんて、そんな高貴な人だと知って、つい身構えちゃって……。でも、ルナさんがそう言ってくれるなら……頑張って変に縮こまるのをやめます。これからも、今まで通り『ルナさん』ってお呼びしてもいいですか?」
「ふふっ、ええ、もちろんよ。ありがとう、陸くん」
(よかった……なんとか普通に会話できたぞ)
胸を撫で下ろした陸だったが、ふと脳裏に先ほど大通りの群衆が悲鳴のように叫んでいた言葉が蘇ってきた。
(……でも、ルナさんは気さくに話してくれるけど……さっき街の人が言ってた『エルドリアの至宝』とかとかいう二つ名……。流石に本人に向かって『至宝って呼ばれてるんですか?』なんて直接聞くのは、なんだか恥ずかしいし聞きづらいよな……)
陸は気まずさを悟られないよう小さく咳払いをひとつ挟むと、ルナの視線から外れるようさりげなく伏し目がちになり、ZEUSに静かに呼びかけた。
(……ZEUS。ルナさん……いや、『ルミナス・エルドリア』について、こっそり検索してくれ)
陸の問いかけに応じ、目の前の空間——誰にも見えない陸の目元だけに、透き通るような青いホログラムウィンドウがふわりと立ち上がった。
『——検索。対象:ルミナス・エルドリア。データベースおよび本世界の伝承情報と照合・解析します』
青い光のテキストが、陸の瞳だけに高速でスクロールしていく。
『検索結果:ルミナス・エルドリア。エルドリア聖樹王国・第三王女。森と光の祝福を受けし血筋であり、比類なき気品と圧倒的な美貌から、エルフ国一の美女と謳われ、【エルドリアの至宝】と称される。Aランク冒険者としての二つ名は『月銀の舞姫』。弓と剣の卓越した武技を誇る文武にたけた姫君——』
(ひえぇぇっ……! ほ、本当に『エルドリアの至宝』ってバッチリ書いてある……!!)
視界の端に躍り出た生々しい検索結果に、陸は心の中で思わず絶叫した。
(第三王女にしてエルフ国一の美女って……やっぱり僕、とんでもない雲の上の人と並んで歩いてるんじゃないか……!?)
画面上の文字を確認した直後、陸は素知らぬ顔で前を向こうとした——が、まさにその瞬間、隣を歩くルナがふわりと黄金の髪をなびかせ、吸い込まれそうなサファイア色の瞳で陸の顔を覗き込んできたのだ。
「陸くん? どうかしたかしら?」
「ひゃいっ……!? あ、いえっ! なんでもないですっ! ちょっと風が冷たいなと思っただけで……っ!」
『本物の至宝』の圧倒的な美貌を至近距離で直視してしまい、陸は耳まで真っ赤にして大慌てで視線を泳がせた。 自身の知識をはるかに超える絶世の存在感を前に、顔を熱く染めながらドギマギと挙動不審になってしまう陸を、ルナは首を傾げながらも、さわやかな風のような声でクスリと愛らしく微笑むのだった。
ルナは嬉しそうにサファイア色の瞳を輝かせると、指差しして前方を仰ぎ見た。
「さあ、見えてきたわ! あの森の奥に、今回討伐する大型魔物がいるの。陸くんの凄まじい腕っぷし、頼りにしているわね!」
「はい! 頑張ります!」
ルナの素顔と本音を知ったことで、二人の絆と信頼はより一層確かなものとなり、陸は地球重力仕込みの頼もしい足取りで、新たな素材回収の現場へと足を踏み入れるのだった。
樹木が鬱蒼と生い茂る深遠な森の奥深く。 静寂が包む木々を揺らし、地響きとともに倒れ伏したのは、体長三メートルにも及ぶレベル5の魔物『巨大クマ』だった。
「ふぅ……よしっ!」
ルナが細身の剣をサッと一閃し、流れるような身こなしで最後の一撃を叩き込んだのだ。CランクからBランク冒険者のパーティが討伐する魔物である巨大クマを、まさしくAランク冒険者『月銀の舞姫』の名にふさわしい、実に見事な単独討伐だった。
「すごい……! ルナさん、あんなに大きなクマを一人で倒しちゃうなんて……!」
木陰で見守っていた陸が、心からの感嘆を込めて拍手を送る。ルナが剣を鞘へ収め、嬉しそうに微笑み返そうとした——まさにその瞬間だった。
——グオオオオオオオッ!!
森の奥から、空気を激しく振動させる地鳴りのような咆哮が響き渡った。 湿った土を撒き散らしながら茂みを押し破って姿を現したのは、全身を浅黒い皮膚と凶悪な筋肉で固めた、体高二メートル半を超えるの魔物——レベル4の『オーガ』だった。
(な、なんだあれ……っ!? 巨大クマの戦いが終わった瞬間に乱入してくるなんて……!?)
激しい戦闘の音と血の気配に引き寄せられてやってきたのだろう。血走った目を爛々と輝かせたオーガは、丸太のように太い腕を振り上げると、木陰にいた陸を獲物と定め、凄まじい地響きを立てて突進してきた。
「あっ、危ない!? 陸くん、逃げて——っ!!」
ルナが叫び、必死の様相で再び剣を抜こうと駆け出す。 だが、オーガの巨体が陸へ迫る方が遥かに速かった。丸太腕が、陸の頭上から威圧的に振り下ろされる。
ドゴォンッ!!
叩きつけられた凄まじい風圧と衝撃。 ドゴォンッ! と地響きのような音が鳴り響き、受け止めた足元の地面にバリバリと蜘蛛の巣状の裂け目が走る。
(……おっと……!)
頭上でオーガの丸太腕をガチリと片手で受け止めた陸の足元は、しかし、微動だにしていなかった。
地球環境で鍛え上げられた高密度な肉体。 これまでの軽い攻撃とは違い、流石に巨体から繰り出された一撃にはズシッと腹に響く手応えがある。だが——それだけだ。街中で人とすれ違いざまにドスンと強くぶつかった程度の衝撃でしかない。
「うわっと……! 手応えはあるけど……うん、これなら全然平気だな!」
陸は冷静に身体の軸を回すと、サークルで一年間、稽古を休まずに練習してきた「基本の突き」のフォームを再現し、オーガのガラ空きになった胴体へ右拳をまっすぐ叩き込んだ。
ドスッ! と重い手応えが拳を通して伝わる。 地球人としての高密度な身体スペックから繰り出された一撃は、オーガのタフな巨体を容赦なく後ろへと吹き飛ばした。
ズドンと数メートル先の巨木に激突し、巨獣はそのまま地響きを立ててぐったりと沈黙した。
「え……? えええぇぇっ……!?」
駆け寄ろうとしていたルナが、剣を半ば抜いた姿勢のまま完全に固まった。サファイア色の瞳を限界まで見開かれ、目の前で起きた「ただの一発のパンチでオーガを倒した」というあり得ない光景に、言葉を失って呆然と立ち尽くしている。
「あ、すみませんルナさん! 襲ってきたから思わず殴っちゃいました……!」
「い、いや……『思わず』でオーガを一撃で倒す人なんて、世界中探してもいないわよ……!?」
陸のあまりに場違いな謝罪に、ルナは頭を抱えて力なく突っ込むのが精一杯だった。
◇
不意のオーガも含めて討伐が完了し、二人は目的である「素材の回収作業」へと移行しようとしていた。 だが、実家のスーパーでパック詰めのきれいなお肉しか見たことがない陸は、横たわる二頭の巨獣を前にして引きつった顔でじりじりと後ずさった。
(う、うぐぐ……魔物の解体って、やっぱり生々しいのかな……血みどろだったりしたらどうしよう……)




