第24話:美人女将の宿 再び
陸は作業場の棚から、カラカラと軽い音を立てる大ぶりの布袋を取り出した。中に入っているのは、ZEUSで作り方を調べて、市場で買った新鮮な小魚の頭と内臓を丁寧に取り除き、塩茹でしてから天日干しにして作った【煮干し】の試作品だ。頭と内臓は飼料や肥料として使う。
(液体だと傷みやすいし、毎週作り続けなきゃいけないからどこにも出かけられなくなっちゃう。でも、こうして完全に乾燥させて『煮干し』にしておけば、常温で何ヶ月も保存できる。頭とワタを取ってあるから嫌な青臭さや苦味もないし、これなら僕が遠出しても大丈夫だ)
作業場で荷造りを整えながら、陸は【ZEUS】を起動していた。画面に『新商品の初期展開におけるテストマーケティング手法』および『乾物・生薬の長期保存と防湿管理』の検索結果を呼び出し、必要なデータを分析していく。
(いきなり手広く市場へ流し込むのはリスクが大きいな。まずは需要と客の反応を確かめるスモールテストを行い、フィードバックを得ながら供給量を調整していくのが一番確実だ。)
ZEUSから得た知識に従い、整腸丸薬を湿気を遮断する小さなガラス小瓶に小分けして木箱へ収めた。
「よし……これで下準備はできたぞ」
この世界の軽い重力に足取りも軽く、丸薬の詰まった木箱と煮干しの布袋を両腕で大切に抱え、陸は活気あふれる石畳の大通りに立つ『ボルツ商会』へと足を進めるのだった。
◇
ボルツ商会の木製扉を押し開けると、店主のボルツが弾んだ足取りで素早く駆け寄ってきた。
「おお、陸殿! 待っておったぞ!」
「ボルツさん、お待たせしました。頼まれていた『整腸の丸薬』の納品分を持ってきました」
陸が持ち込んだ箱を開けると、そこには漆黒の艶やかな丸薬が整然と並べられていた。一粒1シルバ(1万円相当)の値打ちを持つこの特効薬の出来栄えを確認し、ボルツは感嘆の息を漏らした。
「おお……ありがたい! これで待たせていた客たちに渡すことができる。助かったぞ、陸殿!」
ボルツは約束の納品代金として用意しておいたずっしりと重い金貨——ゴルドを革袋に入れて手渡してくれた。十分な収入を得た陸が嬉しそうにマジックボックスにゴルドを収めていると、ふとボルツが陸の脇に置かれた布袋に視線を止めた。
「む……? 陸殿、そちらの袋に入っているカサカサと音のするものは一体何だね?」
「あ、実はこれ……『煮干し』という保存食であり、即席スープの素なんです」
「煮干し……? 即席ス-プの素だと?」
ボルツが首を傾げると、陸は布袋の口を開け、中に詰まった小さな乾物を見せた。
「市場の小魚の頭と内臓を取ってから塩茹でして天日干しにしたものです。乾物なのでこのままじゃ硬いんですが、これを使って美味しいスープが作れるんですよ。すぐにお見せしますね!」
陸はボルツに許可をもらい、ボルツとジャックが昼食を温めたり、お茶を沸かすのに使う簡易台所に向かった。布袋から煮干しを数匹取り出して軽く乾煎りし、水を注ぎ入れてかまどの火で煮立てていく。次第に澄んだお湯が綺麗な黄金色へと染まり、ふわりと香ばしい魚の出汁の香りが立ち上った。
仕上げに、塩をほんの少し加え、木匙でかき混ぜてカップに汲み分けた。
「なんだかすごく良い匂いがしてきたぞ……!」
店の奥にいた店員のジャックが匂いに吸い寄せられるように顔を出し、二人は手渡されたスープをそっと一口啜った。
「な……なにっ……!?」
「親父さん、これめちゃくちゃ美味いです……! 魚の臭みも全然なくて、味が体に染み渡る感じがします……っ!」
一口飲んだだけで広がる深いコクと優しい塩気に、ボルツとジャックは目を丸くした。
「お湯とこの乾燥した小魚、それに塩だけでこれほどのスープができるとは……! しかも完全に乾燥しているから、何ヶ月も日持ちするのだな!?」
「はい。ただ、あいにくボルツさんの店は『薬種店』ですから、これを直接売るわけにはいきませんよね」
陸は笑みを浮かべながら、自分の考えを話した。
「それで、僕がこの街に来て最初に泊まっていた、マルタさんの宿屋『若葉の旅籠亭』へ持って行ってみようと思ってるんです。あそこの食堂で、まずは朝食や夕食のスープとして使ってもらえないか頼んでみるつもりです。あそこなら冒険者や行商人の利用も多いですし、料理の味や日持ちの良さについて、お客さんの生の反応が直接確かめられますから」
陸の説明を聞いたボルツは、髭を大きく撫で回しながら膝を叩いた。
「なるほど! マルタのやっている『若葉の旅籠亭』か! あそこなら陸殿も実際に泊まって様子を知っておるし、手頃で客の出入りも多い。朝食のスープとして出せば、長旅で疲れた冒険者や行商人が飛びつくに決まっておる!」
ボルツは身を乗り出し、感心したように頷いた。
「いきなり手広く売り出さず、自分がよく知る宿屋で試して客の反応を見るか……相変わらず陸殿の商売の仕方は堅実で舌を巻くわい!マルタに会ったらよろしく伝えておいてくれ!」
「はい! 行ってきます、ボルツさん!」
陸の堅実なテスト販売戦略に賛成してくれたボルツ。こうして『煮干し』は、陸にとって思い入れのある女将マルタの宿『若葉の旅籠亭』から、一歩ずつその価値を検証していくことになったのだった。
◇
ボルツ商会を後にした陸は、煮干しの詰まった布袋を大切に抱え、思い出深い『若葉の旅籠亭』へと足を向けた。
落ち着いた石畳の通りを進み、木造二階建ての馴染み深い宿屋の扉をそっと押し開ける。ほのかに漂う乾いた草の香りと、磨き上げられた綺麗な木床が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。あら、陸様!」
カウンターの奥から顔を出したのは、艶やかな栗色の髪を後ろで綺麗に束ねた、目を見張るほど美しい女将のマルタだった。
品のある華やかな立ち振る舞いと、涼しげで優しい目元。その姿が目に入った瞬間、陸の胸がドクンと大きく跳ね上がった。
(う、うわ……っ! やっぱりマルタさん、綺麗だな……!)
無事に新居が決まってから久しぶりに再会できた嬉しさと、相変わらず落ち着いた美しさに襲われるドキドキ感。そして、女性慣れしていない自分が年上の綺麗な女性と向き合っているという気恥ずかしさが、胸の中でごちゃ混ぜに押し寄せてくる。陸は思わず耳まで真っ赤にし、視線をあちこちへ泳がせながら挙動不審にお辞儀をした。
「あ、あの……マルタさん、こんにちは! 新居の方もすっかり落ち着いたので……今日はちょっと、マルタさんにご相談があって来たんです……!」
「ふふ、ご相談ですか? ええ、何でしょう? またお会いできて嬉しいですわ」
マルタが優しく落ち着いた声で微笑むと、陸はさらにドギマギしながら抱えていた布袋を差し出した。
「は、はいっ! 実はこれ……小魚の頭と内臓を取って塩茹でし、天日干しにした『煮干し』という保存食なんです。これとお湯、塩だけで、美味しいスープができるんです! マルタさん、もしよければ……宿の厨房をちょっとお借りしてもいいですか?」
「まあ、スープの素ですか? ええ、もちろんですわ! どうぞこちらへ」
マルタの案内で清潔な厨房へ入った陸は、まず小鍋に煮干しを数匹入れ、かまどの火にかけて軽く乾煎り(からいり)を始めた。パチパチと軽い音が響いて香ばしい匂いが立ち上り、余計な湿気と青臭さがスッと飛んだタイミングを見計らって水を注ぎ込む。
ジュワーッと心地よい音とともに、澄んだお湯が綺麗な黄金色に染まり、お湯が沸くにつれて煮干し出汁の旨味と芳醇な香りが厨房を満たした。そこへ塩をひとつまみ加えると、特製の出汁スープが完成した。
「熱いので気を付けて飲んでみてください」
ご覧いただきありがとうございます!煮干し出汁をマルタに飲んでもらい、次回はいよいよルナがフードをとって陸に素顔を見せます。そして第26話ではルナの正体が判明します。画像も掲載しますので、ぜひ楽しみにしていただけるとありがたいです。
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