第20話:美人女将の宿から新生活へ
「陸くん、ここまでの買い出し、お疲れ様でした! 私はこれから、ギルドから受けている討伐依頼に行ってくるわね」
「あ、ルナさん、冒険者のお仕事ですね。気をつけて行ってきてください!」
「ふふ、ありがとう。陸くんの『魚醤』がどんなお味になるのか、今からとっても楽しみ。用事が終わったら、また様子を見にくるわね!」
ルナは黄金の髪をフードの下からのぞかせ、熟練冒険者らしい、音もたてずに軽やかな足取りで宿をあとにした。
◇
「マルタさん、少し台所をお借りしてもいいですか?」
ルナを見送った陸は、宿屋『若葉の旅籠亭』の女将マルタに声をかけた。
「ええ、構いませんわ。お水も道具も自由に使ってくださいね」
マルタの許可をもらい、陸はさっそく台所で『魚醤』の仕込みに取りかかった。
市場で購入した新鮮な小魚を素早く水洗いしてしっかりと水気を切ると、目の前の空間に青い画面を浮かび上がらせ、ZEUSに最適な塩分濃度を算出させる。指示された割合通りに、陶器の壺の底へ塩と小魚を交互に隙間なく敷き詰めていき、最後に蓋をしてしっかり密閉した。
仕込みを終えた陸は、使った道具を洗い、作業台を拭いて元通りに片付けた。
「マルタさん、台所ありがとうございました」
「またご遠慮なくどうぞ」
優しく微笑むマルタに、陸は
(マルタさんは綺麗で本当に優しいな……)
と心の中で思い、顔を赤らめて照れくさそうに頭をかいた。
台所を後にした陸は、仕込み壺を自分の部屋へと運び込んだ。あとはじっくりと熟成を待つばかりだ。
(よし……これで仕込みの第一段階は完了だ。あとはじっくり熟成させるだけだけど……)
部屋の隅に置かれた大きな壺を見つめ、陸はふと眉をひそめた。この魚醤を熟成させるには一定の期間が必要になる。それに加え、陸にはこれから『活性炭の整腸丸薬』を本格的に量産するという仕事が控えていた。木炭を土窯で蒸し焼きにして活性炭へと精製し、薬草の抽出液と練り合わせて乾燥させる作業は、煙や匂いも出るうえに広い作業スペースを必要とする。
作ったものはマジックボックスに保管するにしても、作業自体はとてもではないが、旅人が泊まる宿屋の一室でこなせる作業ではなかった。
(やっぱり、作業場を兼ねた家を借りたほうがいいな……)
陸は昨日のうちにボルツへ
「作業場としても使える静かな一軒家か部屋を探してほしい」と頼んでいたことを思い出した。陸は仕込みを終えると、さっそく『ボルツ商会』へと向かった。
◇
「おお陸殿! 頼まれていた作業場付きの物件の件だがね、ワシの古くからの知り合いである大家に声をかけておいたぞ! 職人街の裏手にある石造りの一軒家だ。現場を一度、一緒に見に行ってみるかね?」
「本当ですか! ぜひ一緒に見に行かせてください!」
陸とボルツは店を出ると、活気あふれる大通りを抜け、落ち着いた職人街の裏手へと足を運ぶのだった
職人街の喧噪から一本脇に入った落ち着いた裏路地に、目指す物件はあった。堅牢な灰色の石で組み上げられた平屋建ての一軒家で、敷地内には広々とした作業場と、立派な石造りの井戸が備わっていた。
「ここだ、陸殿。どうだね?」
ボルツに促され、陸は敷地内を見て回った。実家のスーパーで父と兄が店舗の設備管理や動線チェックをするのを見てきた経験が、ここでも活かされる。
陸は水場へ歩み寄ると、井戸と繋がる配管のつまみをひねった。生活魔法が働き、地下から勢いよく汲み上げられて流れ出た水を手に取って、色や匂い、冷たさを確かめる。
「水がすごく澄んでいて、嫌な臭いも全くないですね」
「そうだろう。この街の多くの住人が住んでいる石造りの集合住宅だと、配管が一階の共同水場にしか通っていなくてね。水圧の限界で二階以上には水がいかないから、二階以上に住んでいる連中は毎朝重い桶で部屋まで水を汲み置いて運ばなきゃならん。どうしても数日置いた古い生水を飲んで食あたりを起こす住民が多いんだが……ここは一階でいつでも新鮮な水が直接使える。薬の調合や器具の洗浄にも打ってつけだろう」
ボルツの言葉に、陸は心の中で深く膝を打った。
(なるほど……アパートの二階以上に住んでいる人は水を上まで運ぶのが大変で、どうしても汲み置きの水で腹を壊しやすいんだな。ジャックさんみたいに食あたりになる人が多いから、整腸薬があんなに飛ぶように売れたんだ)
さらに作業場へと足を踏み入れ、天井の高さや壁の材質、風の通り道を念入りに確認した。
「天井が高くて土壁だから火気にも強い。窓の配置も良いから、活性炭を高温で焼き上げる時の煙や匂いも綺麗に外へ抜けてくれますね。敷地の周りにも燃えやすい木造建築がないから、安全面も問題ありません!」
陸が現場のチェックを提示すると、連絡を受けてやってきた近所の大家である初老の男性は、深く感心したように頷いた。
「いやはや、お若いのにこれほど念入りに設備や安全面を確かめる借り主さんは初めてですよ。ボルツさんから『信用できる素晴らしいお方だ』と聞いていましたが、本当ですね」
「 そうだろう! 陸殿の人物はワシが保証するぞ!」
ボルツが、自分のことのように誇らしげに胸を張る。陸は大家に向かって丁寧に頭を下げた。
「ここなら僕のやりたい作業が安全にできます。ぜひ借りさせてください!」
「気に入っていただけてありがたいです。賃料は『月2ゴルド(大金貨2枚=約20万円相当)』でいかがでしょうか?」
「2ゴルドでこの設備ですか! ぜひお願いいたします。」
陸はマジックボックスから2ゴルドを取り出して手渡し、正式に賃貸契約を結んでずっしりと重い鉄の鍵を受け取った。
◇
宿屋『若葉の旅籠亭』に戻った陸は、手早くチェックアウトの受け付けを済ませた。 そして、小魚と塩がギッシリ詰まったズッシリと重い陶器の仕込み壺を、両手でしっかりと抱え上げた。普通の人なら大人二人で運ぶような重量だったが、地球環境の密度のままの身体を持つ陸にとっては、軽い段ボール箱を持ち上げるような軽やかさだった。
宿を出る際、陸はマルタに手紙を託した。
「すみません、Aランク冒険者のルナさんが僕を訪ねてきたら、この手紙を渡していただけますか? 引っ越し先の場所を書いてありますので」
「ルナ様へのご伝言ですね。 かしこまりました。陸様、新しく家を借りられたのですね。寂しくなります。また遊びにきてくださいね。」
マルタがに快く笑顔で送り出されると、
(マルタさん、やっぱり美人だな。この世界はきれいなひと多いな。)
とあらためてこの宿を紹介してくれたボルツに陸は感謝するのであった。
「はい、ぜひまたお邪魔させてください。とても快適にすごさせてもらいました。」
ルナへ新しい住処の場所を伝える手配を終え、陸は仕込み壺と荷物を抱えて、新しい家へと足早に向かった。
職人街の裏手にある新しい一軒家へ荷物を運び込み、魚醤の壺を日陰の涼しい場所へそっと据え置いた陸は、一通り家の中を整理すると、再び大通りにある『ボルツ商会』へと足を運んだ。
店の重厚な木製の扉を押し開けると、奥から出てきた店主のボルツが陸の姿を認めるなり、その厳めしい顔を崩して大興奮で駆け寄ってきた。
「おお、陸殿! ちょうどこちらから様子を見に行こうと思っていたところだ!」
今回は陸の本格的な拠点が決まりました。
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