第19話:一年習っただけの基本の型で一撃?
「あっ……! あなたは、『月銀の舞姫』あ、Aランクのルナ様……!? は、はいっ! すぐにご案内いたします!」
ルナは落ち着いた声で手際よく職員と会話を進め、陸が書き込むべき書類や必要な手数料(青銅貨1枚)のまで流れるように説明してくれた。熟練冒険者としての場慣れ感と手際のよさに、陸はただただ感嘆して言われたとおりにすることしかできなかった。
「陸様、お名前と年齢をご記入ください。そのあとは裏手で実技テストになります」
「あ、はいっ!」
陸が羊皮紙に「渡辺陸・十九歳」と素早く記入を済ませると、ルナは「行きましょう」と陸の先頭に立ち、慣れた足取りで訓練場へと誘導した。
◇
ギルド館内裏手にある、広大な石造りの屋外訓練場。そこには、頑丈な『打撃測定用・木偶人形』が設置されていた。
立ち会う巨漢の試験官が、腕組みをしながら陸に向かって言った。
「よし、渡辺陸だな。あの木偶人形に向かって、お前の持てる最大の力で一撃叩き込んでみろ」
「あ、はい……わかりました」
陸は木偶人形の前へ進み出た。 大学の「武道研究会」で週3日、真面目に汗を流してきた1年間の稽古を思い出してみる。
(素手でいいんだな……。えーと、研究会で教わった基本の突きのフォームでいいのかな。力みすぎないで、まっすぐ突く……)
陸は身構え、すっと両足をひらき、腰を沈めて拳を構えた。陸自身は、ただサークルで教わった「基本の型」を忠実に繰り出しているだけのつもりだった。
だが——陸が踏み込み、右拳を放った瞬間、空気を置き去りにするような凄まじい衝撃波が巻き起こった。
ズドォォォォンッ!!!!
雷が落っこちたかのような爆音が訓練場全体に響き渡った。
「な……っ!?」
陸の拳が当たると、測定用の木偶人形が、まるで発砲スチロ-ルのようにバラバラに砕け散り、後ろの石壁まで吹き飛んでしまった。
「え……?」
手元に手応えもなく砕けた木偶人形と自分の拳を見比べ、陸は引きつった顔で固まった。
(あ、あれ……? たったの一突きで……なんで木偶がバラバラになってるんだ……!?)
試験官は口を大きく開け、陸を指差した。
「な……なんということだ……!? こ、熟練の戦士でも破壊できない測定木偶が……一瞬で粉砕された……!? な、なにものだ……っ!!」
「あ、あの! 弁償ならします……! 壊すつもりじゃなくて、教わった通りに軽く突いただけで……っ!」
大慌てで手を振る陸に対し、横で見守っていたルナは冷静さに、さっと動転する試験官の前に立ち、凛とした声で場を収めた。
「試験官さん、驚かれるのも無理はありませんが、無事に実技の計測は完了しましたね? 手続きを進めていただけますか」
「は、はいぃっ! ただちにカードを発行いたします……っ!」
動揺する試験官との話し合いを仕切ってみせるルナの手腕に、パニックになりかけていた陸は、彼女の頼もしいふるまいに救われる思いだった。
ギルドの受付に戻り、無事に銀色のプレート『Fランク冒険者カード』を受け取ると、陸はホッと胸を撫で下ろした。
「ルナさん……助けてくれてありがとうございました。僕、どうしていいか分からなくなっちゃって……」
「ふふ、いいのよ。陸くんのあの凄まじい力を目の当たりにしたら、誰でも驚いてしまうわよ」
ルナは優しく微笑むと、すっと前を指差し、頼もしく先頭を歩き始めた。
「さて! 無事に身元証明のカードも手に入ったし……次は昨日の約束通り、陸くんの『魚醤』づくりの材料を買いに行きましょう! 良いお店がたくさんある市場へ案内するわね!」
「はい! よろしくお願いします!」
年上の熟練冒険者として場をリードしてくれるルナの佇まいに、陸は心からの安心感を抱きながら、彼女の後に続いて大通りへと足を踏み出すのだった。
冒険者ギルドの二重扉を後にし、朝の光が降り注ぐロクスの大通りへと戻ってきた。
「ふぅ……ちょっと焦りましたけど、無事にカードが発行されて良かったです」
陸が胸ポケットの銀色の冒険者カードをさすると、先頭を歩いていたルナが振り返り、深緑色のフードの隙間からすっと素顔を覗かせた。そのサファイアの瞳には、年上の熟練冒険者らしい落ち着きと、陸に対する優しい眼差しが宿っている。
「陸くんのあの怪力なら、どんな標的でも粉砕してしまうわよ。さて! 無事に身元証明も手に入ったし、次は昨日の約束通り『魚醤』の材料を買いに行きましょう!」
「はい! お願いします。でも、どこで買い揃えればいいか迷いますね……」
「ふふ、私に任せて! 高額な特殊品はともかく、日々の食材や生活道具の買出しなら、冒険者として普段から通い慣れているから。良いものが集まる大市場へ案内するわね」
ルナは頼もしく声を弾ませると、迷いのない軽やかな足取りで陸を導き始めた。活気あふれる街の通りを熟知した彼女の後姿は、非常に頼もしく映っていた。
◇
ルナに案内されたのは、大市場の一角にある活気あふれる鮮魚エリアだった。 石畳の両脇には、水揚げされたばかりの多種多様な魚介類が所狭しと並べられ、威勢のいい商人たちの掛け声が響き渡っている。
「ここがロクスで一番新鮮な魚が集まる通りよ。陸くん、お目当ての小魚はありそう?」
「すごい活気ですね。ちょっと見てみます!」
陸は店先に並ぶ木箱へ近づき、並べられた小魚を真剣な目つきで観察し始めた。実家のローカルスーパーで、仕入れや現場改革を仕切る兄の手伝いを近くでしていた陸にとって、食材の鮮度管理や目利きは体に染み付いた現場の技術だった。
(発酵調味料の魚醤を作るには、何よりも『傷んでいない新鮮な魚』と『適切な塩分濃度』が命だ。内臓が傷みかけている魚を入れると、熟成じゃなくてただの腐敗になっちゃうからな……)
陸はひょいと小魚を1匹手に取り、店主の許可を得て、鮮度を確かめ始めた。
「目が濁っていなくて、澄み切ってる……。エラを開けた時の色が鮮やかな鮮紅色のものだけを選ばないと。あと、お腹を押した時に弾力があって、ウロコが剥がれていないやつだな」
陸が手際よく生きのよさそうな状態の小魚だけを分類していくのを目にして、ルナはサファイア色の瞳を驚きに丸くした。
「すごいわ、陸くん……! 魚の目利きまで、できるなんて……!」
「あ、あはは……実家が食料品を扱う店だったので、鮮度チェックが身体に染み付いてるんです」
照れくさそうに頭をかく陸に、魚屋の店主も感心したように深く頷いた。
「おいおい兄ちゃん、大した目利きだな! 今朝獲れたものの中でも上物だけをうまく選んでやがる。よし、その小魚ならサービスだ、安くしてやるよ!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
上質な小魚を安く大量に買いそろえた二人は、続いて密閉できる陶器の壺を取り扱う道具屋へと向かった。
「次は仕込み用の壺ね。生活道具ならこの老舗が一番よ」
ルナに案内された道具店で、陸は並べられた陶器の壺の前に立った。陸自身にはどの壺がよいかわからないので、陸はZEUSを呼び出すと、カメラモードを起動し、ズラリと並ぶ壺を順にスキャンしていった。
画面上に焼きムラや密閉性の解析結果が提示され、魚醤作りにちょうど良い壺が見つかると、陸はその壺を手にとった。
「これが良さそうです。」
壺を選び出した陸に、ルナは感心したように口元を緩めた。
「道具の選び方も確かなのね。陸くんと一緒だと頼もしいわ」
「そんな……ルナさんが良いお店に案内してくれたおかげですよ」
褒められて照れくさそうに恐縮して頭をかく陸の買い出しは無事終了した。買いそろえた小魚、塩、発行用の壺を宿屋『若葉の旅籠亭』の部屋へ運び込むと、ルナは陸を見つめてフードの奥からサファイア色の瞳を優しく輝かせた。
後書き
ご覧いただきありがとうございます!
今回は陸の冒険者登録と買い出しをお届けしました。
面白いと思っていただけましたら、ぜひブックマーク登録や☆評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




