第13話 こんなに綺麗な人、世の中にいるの?(後書きにフードの中の冒険者画像)
露店の前で毅然と佇んでいたのは、深緑色のマントを頭からすっぽりと被った細身の人物だった。深いフードで顔立ちは見えないが、自力で正確な計算をこなし、相手の不当な買い叩きに論理立てて反論してみせるあたり、聡明で頭の回転が速い人物であることが窺えた。
だが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた店主の男は、割引率や市場の常識という言葉を都合よく振りかざし、出鱈目な屁理屈で彼女を威圧して希少なエルフの特産品をタダ同然で騙し取ろうとしていたのだ。
(ああっ……あの人、出鱈目な割引率と商売の理屈で押し切られそうになってる……)
陸の胸の中で、モヤモヤとした怒りと助けてあげたいという強い気持ちが湧き上がった。自分から揉め事に首を突っ込むのは苦手だし、人前で目立つなんて絶対に避けたかった。相手がどんな人物かも分からない。
だが、実家のスーパーで兄の手伝いをしながら割引や仕入れの正当な理由と計算を教わってきた陸にとって、目の前の不誠実すぎる偽りの屁理屈は到底許せるものではなかった。
陸は心臓をバクバクと鳴らしながらも、気まずそうに、恐縮した様子で二人の方へと歩み寄った。
(ZEUS、聖樹海領の香木って何?)
『回答します。エルフの国エルドリアにある聖樹海領でしかとれないきわめて貴重な素材。祭事、高級香料や医療用に使われます』
(やっぱり、とんでもないな。いくらなんでも放っておけない。)
「あ、あの……すみません。横から口を挟んじゃうんですけど……」
突然、冴えない旅装の青年が割って入ってきたことに、店主の男は不機嫌そうに眉をひそめた。
「あぁん!? なんだ手前は! 俺とお嬢ちゃんの商談の邪魔をするんじゃねえ!」
「いえ……あなた、店主さんの言ってる商業上の理由と計算、めちゃくちゃですよ。まず一括割引ってのは、売る側の在庫リスクや輸送コストが減る時に売り手が提示するものです。需要が高くて売り手市場の希少な聖樹海の香木を、買い手側の都合で安く叩く理由にはなりません。聖樹海領の香木はかなり貴重ですよ。1束5ブロンに仮に2割の利益を計上した6ブロンで売っている店がどこにあるか、今から一緒に回って調べてみますか?品質保証、市場変動リスクを見てもありえないです。」
「なっ……なにぃ……っ!?」
陸はさらに、実家のスーパーで叩き込まれたサクッとした暗算を淡々と口にした。
「それに計算だって滅茶苦茶です。120ブロンから2割引いたとしても96ブロンです。そこから検品代と市場税を引いたって、90ブロン以上は確実に残ります。50ブロンなんて完全に騙しにいってますよね。
なんでしたら、僕がその方のいう一束5シルバで買いますよ。でも多分もっと高く買ってくれるお店はいくらでもあるはずです」
陸が提示した筋の通った理屈と、弾き出された正確な数値。店主の男はぐうの音も出ない理詰めに顔を真っ赤にし、ガタガタと唇を震わせた。
「ぐっ……な、なんだ手前は……! どこから湧いて出やがった……っ!」
周りでやり取りを見ていた客たちからも
「おいおい、あの店主、適当な理屈で若い娘を騙そうとしてたのか」
「兄ちゃんの言ってることの方が断然筋が通ってるぞ」と冷ややかな視線と噂声が集まり始める。
分が悪すぎると悟った悪徳店主は、忌々しそうに陸を睨みつけると、売り台の品物を慌ただしく抱えて後退りした。
「チッ……覚えてやがれっ!」
捨て台詞を残し、男は逃げるように市場の奥へと去っていった。
◇
静けさを取り戻した露店の前。 陸はふぅと安堵の息を吐き、恐縮しながらフードの人物へ向き直った。
「あ……出しゃばってすみません。お怪我や、大事な品物は無事でしたか?」
「あ……はい。おかげさまで、品物は無事です。ありがとうございました。」
安堵した様子で答えたその瞬間だった。 市場の建物の隙間から、ふわりと一陣の爽やかな風が吹き抜けた。
風に煽られて深緑色のフードの端がふわりと持ち上がり、太陽の光がその奥へと差し込んだ。 直後、眩いばかりの光彩が陸の視界いっぱいに弾けた。
「あ……」
陸は思わず足を止め、その場に縫い付けられたように立ち尽くした。 深くかぶったフードの奥、光に照らされて輝いていたのは、まるで純金を細く紡ぎ上げたかのようにキラキラと輝く美しい金髪だった。
フードの影から覗く雪のように透き通った白い肌と、驚いて陸を見上げた深く澄み渡ったサファイア色の瞳。フードをかぶったままであっても隠しきれない圧巻の美貌に、陸は息を呑んだ。
(な……なんだ……この人……!?)
陸の脳裏に、強烈な衝撃が走った。開拓村で出会ったエレナも素朴で本当に綺麗だったし、今朝見送ってくれた宿屋の女将のマルタも目を見張るほどの美人だった。
だから陸は、「この世界は綺麗な女性が多いんだな」と漠然と思っていたのだ。
だが——目の前の女性の存在感は、その認識を根底から吹き飛ばしてしまった。
エレナやマルタの美しさとは、比べることすら失礼に思えるほど次元が違っていた。 造形の一筆一筆が神の絵筆によって極限まで描き込まれたかのような、神々しいまでの圧倒的な美貌。光を帯びてなびく黄金の髪と、宝石そのもののサファイア色の瞳を目にした瞬間、陸は息をすることすら忘れて呆然と見惚れてしまった。
女性は、サファイア色の瞳を信じられないといった様子で見開いたまま、自分を救ってくれた陸を見つめていた。自分自身、この世界ではトップクラスに計算が得意だという自負があり、相手の嘘を見抜いていた。しかし、目の前の青年は、自分が知らない筋の通った商業ロジックで、悪徳商人を一瞬で論破してしまったのだ。
女性の驚きは、やがて深い感嘆と尊敬の念へと変わり、その美しい瞳が陸をしっかりと見つめた。
「お若いのにあんな聞いたこともない取引の理論をご存じなんて……。アルカディア商業同盟から来られた方ですか? 私は冒険者のルナと申します。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「あ、僕はただの旅人の渡辺陸です! ほんとに、そんなだいそれた商人というわけじゃなくて、ちょっと実家のお店を手伝っただけでして……」
顔を真っ赤にして恐縮しながら謙虚に頭をかく陸に対し、ルナはサファイア色の瞳に強い敬意と深い興味の光を宿しながら、涼やかな声で優しく微笑むのだった。
悪徳店主が慌ただしく逃げ去ったあと、静けさを取り戻した露店の前で、陸は深々とフードを被り直した女性——ルナへ向けて、控えめに声をかけた。
「ルナさん、その香木……また別の露店に持っていっても、足元を見られて買い叩かれそうになりませんか?」
「そうなんですよね……。せっかく届いた品なのに、適正な価値を分かってくれる商人が見つからなくて困っていたんです」
フードの奥から聞こえる声には、品がありつつも親しみやすい響きがあった。
「実は僕、この街で信頼できる老舗の薬種店の店主さんと知り合いなんです。開拓村の村長さんの古いお友達で、誠実で誤魔化しなんて絶対にしない人なんですけど……もしよければ、そのボルツさんに相談してみませんか? 正当な値段で買い取ってもらうか、良い商人さんを紹介してもらえると思うんです」
陸の申し出に、ルナはフードの奥でサファイア色の瞳を輝かせた。
「えっ……! そんな素晴らしい商人さんをご存じなんですか? ぜひ紹介してください!」
「よかったです。じゃあ、こちらです。一緒に行きましょう!」
陸はほっと胸を撫で下ろし、ルナの歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
◇
活気あふれる市場を抜け、落ち着いた石畳の通りを二人で並んで歩く。ルナは街中で目立たないよう、深緑色のフードを目深に被り歩いていた。その立ち姿やすっと伸びた背筋には隙がなく、どこか神秘的な佇まいを漂わせている。
「あ……そういえば僕、ちゃんと自己紹介をしてませんでしたね。僕は渡辺陸っていいます。故郷から旅をしてきた、十九歳です」
「陸さんは、十九歳なんですか!?」
ルナは驚いたように足を止めた。
第13話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今回はなんと言っても、メインヒロインであるルナの美貌に陸が驚くシ-ンでした。フードの隙間から覗く純金のような髪、そして吸い込まれるようなサファイア色の瞳……「次元が違う美貌」に直視すらできず、大慌てでテンパってしまう陸の表情をお楽しみいただけましたでしょうか?
実家のスーパーで覚えたロジックで悪徳商人を論破してみせた陸ですが、女性慣れしていない19歳の陰キャ大学生にとって、このレベルの美貌の女性とのエンカウントは完全にキャパオーバーだったようです。
そして、このフードの美女・ルナの正体は……? 次回以降、彼女の素顔や、陸とのさらなる掛け合い、そして陸の現代知識を活かした新たなレシピなど、物語がますます賑やかに動き出します!
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※画像はAI生成




