第12話:女性冒険者がトラブル!(後書きに女性冒険者の画像)
陸はマルタにお礼を言い、期待を胸に宿屋『若葉の旅籠亭』を後にした。とりあえず、住むところが決まるまでここを拠点にすることにしてマルタに話すと、毎日5ブロン払ってくれればよいという。いつまでと決めなくても陸がでていくと言わなければ予約は入れないというので、
(マルタさんは美人な上に親切だな、ボルツさんの紹介のおかげかな)と陸はボルツとボルツを紹介してくれたヴェルデ村の村長に感謝した。
大通りを少し進むと、そこには見渡す限りの活気に満ちた『ロクス大市場』が広がっていた。石畳の両脇には色鮮やかな果物や肉、魚介類が山と積まれ、商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。
陸は露店を巡りながら、瓶詰めや樽に入った調味料を探した。しかし、どれだけ歩き回っても見つかるのは各種の塩と、せいぜいハーブや辛味のある乾燥スパイスだけだった。
(あれ……全然見当たらないな。おかしいぞ)
陸は他人に悟られないよう、目元だけに青いホログラム画面を呼び出し、心の中でZEUSに語りかけた。
(ZEUS、この市場に醤油や味噌みたいな発酵調味料って売ってないのかな? スキャンして探してほしいんだけど)
宙の青い画面が瞬時に点滅し、脳裏に静かな声が響いた。
『——スキャン実行。市場内の全調味料データ、および本世界の調味料について照合・解析します。……検索完了。回答します。本世界において存在する調理用塩分調味料は、岩塩および海塩の各種塩類のみです。大豆や魚等を塩漬けにして発酵させる醸造調味料の概念およびソースやケチャップといった野菜を加工した製品も存在しません』
(マジか……! ホントに塩しかないんだ……!)
ZEUSの回答に、陸はがっくりと肩を落とした。まさかこの世界には、塩以外の塩分調味料が存在しないとは思わなかったのだ。
(塩しかないなら……もう自分で作るしかないな)
陸は頭を切り替え、再びZEUSへ問いかけた。
(ZEUS、醤油ってこの世界にある材料で作れるかな? レシピを検索してほしい!)
『——了解。醤油の製造プロセスを検索・表示します』
画面上に高速でテキストが流れていく。
『回答します。現代地球における一般的な大豆醤油の製造には、蒸した大豆と炒った小麦にニホンコウジカビ(麹菌)が付着した麹を作り、塩水と混ぜて長期熟成させる必要があります。しかし、本環境において特定の有益麹菌を分離・純粋培養することは技術的に極めて困難です』
(麹菌かぁ……! 確かに、目に見えないカビの菌をイチから見つけて育てるなんて、素人の僕には無理だ……)
大豆醤油の壁の高さに頭を抱えかけた陸だったが、ZEUSの画面には続きの検索結果が表示されていた。
『麹菌を使用せず、素材自体の持つ自己消化酵素を利用して造る魚醤であれば、特別な菌の培養処理を必要としません』
(魚醤……! ナンプラーとか、秋田のしょっつる、能登のいしるみたいなやつか!)
『そうです。新鮮な魚介類と塩を適切な割合で仕込み、密封・熟成させることで、魚自身の持つタンパク質分解酵素により肉質が分解され、強力な旨味成分であるアミノ酸と塩分を含んだ液体調味料が生成されます』
(魚と塩だけでいけるんだ……! 塩ならこの世界にたくさんあるし、さっき市場で新鮮な小魚もたくさん売ってたぞ! 麹がいらないなら、僕でも絶対に作れる!)
目の前が一気に開けた。 大豆醤油は無理でも、魚醤ならこの世界の材料だけで完結する。魚の自己消化で引き出された強烈な旨味と塩分があれば、料理の味つけは劇的に進化するはずだ。
(よし! さっそく新鮮な小魚と、仕込み用の大きな陶器の壺、大量の塩を買いに行こう!)
確かな目標を得てワクワクした気持ちを取り戻した陸は、魚屋や陶器店が立ち並ぶ市場の奥へと足早に向かった。
◇
鮮魚や乾物が並ぶエリアへと入っていくと、磯の芳しい香りと大勢の客の熱気が漂ってきた。 魚醤の仕込みに適した小魚や大きな密閉壺を探しながら歩いていると、少し開けた露店の一角から、激しい言い争いの声が聞こえてきた。
「とぼけないで!? エルドリア聖樹海領の特産である希少な香木よ。1束5ブロンで24束なら合計で120ブロンよ! まとめ買いだからと言って、半額以下の50ブロンで買い叩こうなんて出鱈目が通るわけありません!大体5ブロンっていうのも安すぎるわ!5シルバの間違いでしょう!」
「へっ、さすがはお嬢ちゃん、計算が早いねぇ! だが商売ってものを分かっちゃいねえな。まとめて買い取るんだから一括仕入れ割引で2割引くのが常識なんだよ! 120から2割引いて……さらに状態の検品代と市場税を引いたら、俺様が提示した50ブロンが妥当な金額なんだよ! 嫌なら商品を置いて失せな!それに聖樹海領の香木は今、余っていてね。在庫かかえられないのさ。」
「な……っ!? 一括購入の割引率を悪用して、そんな出鱈目な金額まで落とすなんて……っ!」




