第11話 美人女将の宿(後書に女将マルタと陸の画像)
ボルツは頷くと、地図の一角を指差した。
「それなら、ここから大通りを少し入った石畳の通りにある『若葉の旅籠亭』が一番だ。高級店ではないが、女将が綺麗好きで掃除が部屋の隅々まで行き届いておる。戸締まりも頑丈で治安も良く、商人や旅人が安心して身を休める場所だ。近所には日常使いの上質な服を仕立てる店もあるぞ」
「安全で清潔なら、それが一番です! ありがとうございます、行ってみます!」
◇
ボルツ商会をあとにした陸は、まずは身なりを整えるべく、教えてもらった衣服店へ向かった。 村でエレナに裁縫してもらった服も温かみがあって気に入っていたが、街で浮かないための小綺麗な旅装を新調するためだ。手元に残した小銭を使い、仕立てのしっかりとした深藍色の丈夫な上着と革のズボン、足に馴染む上質な革靴を購入してその場で着替えた。
(服が変わるだけで、一気に街に馴染んだ気がするな……)
身なりを整えると、お腹がぐうと虫の鳴くような音を立てた。 大通り沿いに立ち並ぶ活気ある食堂の露店からは、香ばしく焼き上げられた肉料理や、ハーブの効いた温かいスープの芳しい匂いが漂ってくる。陸は露店のテラス席に腰を下ろし、店員おすすめの大コマ肉のステーキと焼き立ての麦パン、フレッシュな果実ジュースと野菜の串焼きを注文した。
運ばれてきた焼き立ての肉からはジューシーな肉汁が溢れ出し、見た目も焼き加減も申し分ない。陸はさっそくナイフで肉を切り分け、口の中へと運んだ。
「ん……肉自体は柔らかくて、すごく美味しいな」
素材の良さと火入れの技術は確かだった。しかし、一口、二口と食べ進めていくうちに、陸の表情にどことなく寂しげな色が混じりはじめた。
(……でも、味付けが塩だけなんだよな)
肉の旨味を引き立てる塩加減は絶妙なのだが、醤油の深い香ばしさも、出汁のじんわり染み渡る旨味も、味噌のコクも一切存在しない。 開拓村で出されたスープやパンもそうだったが、この世界では塩以外の調味料や出汁という概念がほとんど存在していないのだ。
(料理はおいしいんだけど……塩味だけだと、どうしても途中で飽きてくるし、物足りないんだよな。昔からずっと当たり前と思ってたけど……はぁ、日本の味が恋しい。醤油とか、出汁の効いた味噌汁とか……日本のものが無性に食べたいなぁ……)
古いアパートで質素な自炊をしていた頃の味が懐かしくなり、いずれこの世界で余裕ができたら、日本の調味料や出汁の再現にも挑んでみたいと心に誓う陸だった。
◇
お腹を満たした陸は、ボルツに教えてもらった宿屋『若葉の旅籠亭』を目指し、落ち着いた石畳の通りへと足を進めた。
夕闇が街を包み始める頃、見えてきたのは温かな木造二階建ての佇まい——『若葉の旅籠亭』だった。 重厚な木製の扉を押して中へ足を踏み入れると、磨き上げられた綺麗な木床と、ほのかに漂う乾いた草と洗顔石鹸の清々しい匂いが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
カウンターの奥から顔を出したのは、目を見張るほど美しく整った顔立ちの若々しい女将さんだった。艶やかな栗色の髪を後ろで綺麗に束ね、清潔感のあるシンプルなエプロン姿だが、品のある華やかな立ち振る舞いと涼しげな目元が、街の喧噪を忘れさせるほどの美しさを漂わせている。
(うわ……すごく綺麗な女将さんだな……エレナさんといい、この世界はきれいな人が多いのかな)
陸は思わず緊張しながらも、丁寧にお辞儀をした。
「あ、はい! ボルツ商会のボルツさんから、安全で清潔な宿だと紹介されて来ました」
美人の女将に緊張してドギマギしながら答えた。
「まあ、ボルツ様のご紹介ですか」
美しい女将さんはパッと表情を和らげ、優しく落ち着いた声で微笑んだ。
「ようこそお越しくださいました。当館の女将を務めておりますマルタと申します。うちの自慢はなんと言っても清掃の行き届いたお部屋と、しっかりとした防犯ですからご安心くださいね。一泊朝食付きで5ブロンとなっておりますが、いかがでしょう?」
(5,000円! うん、手ごろだ。朝のご飯もついてありがたい!)
「ぜひ、その部屋でお願いします!しばらくご厄介になりたいのですが。」
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
陸はホッと胸を撫で下ろし、とりあえず手元の小銭から1泊分の5ブロン(5,000円相当)を支払うと、美人女将のマルタに案内されて二階の角部屋へと足を踏み入れた。
部屋は豪華な飾りこそないものの、窓から心地よい風が吹き抜け、木製の机とふかふかの手入れされたベッドが整然と並んでいる。床にも窓枠にもホコリ一つなく、鍵も重厚な鉄製でしっかりにかかる。陸の希望通り、徹底して安全で清潔な空間だった。
(ふぅ……高すぎない手頃な値段で、こんなに安全で清潔なら大満足だな)
陸は革製の旅鞄を下ろし、手のひらサイズのマジックボックスをサイドテーブルにそっと置いた。 異世界に迷い込んでから怒涛のような日々だったが、開拓村とのサプライチェーンの構築、ボルツ商会での大金と資材の獲得、おまけの交渉、そして自分に合った安全で清潔な『衣食住』の確保まで、すべてを自分の知恵と手作業で成し遂げることができた。
「ひとまず、これからの生活の基盤はバッチリ整ったぞ」
ふかふかのベッドに背中から倒れ込み、陸は天井を見上げながら満足げな吐息をついた。 窓の外では、ロクスの街にぽつぽつと街灯が灯りはじめ、夜の静寂が優しく部屋を包み込んでいくのだった。
爽やかな朝の光が、二階の角部屋の窓から差し込んでいた。 手頃な値段だが清潔で手入れの行き届いた部屋でぐっすりと眠った陸は、すっきりと目を覚ますと身支度を整えて一階の食堂へと下りて行った。
カウンターの奥からは、艶やかな栗色の髪を束ねた美しい女将のマルタが、気品のある笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます、陸様。お夕べはよく眠れましたか?」
「マルタさん、おはようございます。すごく静かで快適でした!」
「それは良かったですわ。すぐに朝食をご用意しますね」
手際よくテーブルに運ばれてきたのは、焼きたてのパンと野菜のスープ、そして塩焼きの肉だった。丁寧な火入れで素材の良さが引き立っており、とても美味しかったのだが、食べ進めるうちに陸の胸には昨日と同じ物足りなさがこみ上げた。
(やっぱり……塩味だけなんだよな)
この世界には、醤油の深い香ばしさも、出汁のコクも、味噌の風味も存在しない。 古いアパートで一人暮らしをしていた頃、質素な自炊料理に醤油を数滴垂らしただけで劇的に旨味が広がったあの感覚が、無性に恋しくなって仕方がなかった。
(よし……今日はまず、このロクスの大市場へ行って、醤油やそれに近い調味料が売っていないか探してみよう!)
ご覧いただきありがとうございます! 今回は、商業都市ロクスに到着した陸が、宿屋『若葉の旅籠亭』で女将のマルタさんと初めて出会うシーンのイラストをお届けします。
宿の門をたたいた陸ですが、出迎えてくれたのは包容力あふれる美人のマルタさん! 思わず頬を赤らめて固まってしまう、19歳のうぶで等身大な陸の反応がとても可愛らしい場面です。
異世界での新たな拠点となる『若葉の旅籠亭』と、頼もしく優しいマルタさんとの出会い。ここからロクスでの生活や新しい冒険がますます広がっていきます!
「陸のドギマギ感が可愛い!」「マルタさん魅力的!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや高評価(★)、感想などで応援していただけると執筆の励みになります!
※画像はAIで生成しています




