質素倹約で迎えた50代
社会人になってからは、使えるお金が増え、使い切る20代。
お金をを得るための仕事で、仕事のための努力はしなかった。
30歳を過ぎた頃、20代の後輩と推しの話になった。
ドラマでファンになった若い俳優とドラマのようなデートをしたいと言ったところ、
「まだ、そんなこと考えてるんですか?」
と、言われた。
若い後輩にとって、30代となった私はおばさんでしかなく、恋バナをするのもおかしく見えると悟った。
20代の頃は、よくあった合コンも、20代後半では若い子の引き立て役、30代では誘われることも無くなった。
男性社員から、女性として扱われることも無くなった。
20代の頃は、合コンで知り合った人と何度か付き合ったことがある。
その場で、適当にカップルができて、何となく付き合う。
何となく付き合いを始めて、自然消滅か、ほかの女性と付き合うようになったからと別れを告げられる。
本当の意味で、恋愛をしたことがない。
20代後半からは、誰とも付き合っていない。
若い子が、髪を切れば男性社員まで声をかけるが、私が髪を切ったところで、声をかけてくる者もいない。
声をかけてくるのは、結婚している上司、寂しい女とでも思われているのだろうか。
煩わしい。
ふと、何のためにネイルにお金をかけているのか、オシャレをしても、独りよがり、誰も私を見ていないと思うようになった。
同期の同僚も会社から去り、お昼を共にとる同僚もいなくなった。
化粧直しの海外ブランドのコンパクトも意味がない。
誰も私に興味がない。
人に見られていると思うのは、自意識過剰でイタイ。
そう、思い始めた30代前半、結婚も自分には縁がないと思うようになり、オシャレもやめ、1人で生きていくために預金を始めた。
それから、質素倹約に努めた20年あまり、安心した老後は迎えられそうにないが、20代同様のムダだけはしなかった。
みんな、今の私を楽しみもなく生きている人間だと思っているかもしれない。
社内の人とは、挨拶を交わす程度、50代に差し掛かり、役職もなし。
毎日、お弁当を持って出社し、同僚と出かけることもなく帰宅する、ハンコで押したような毎日を送る。




