人に気に入られなければならない
どうして、人にどう見られるかばかり気にして、見栄を張っていたのだろう。
小学校に入った頃からだろうか、人に気に入られなければいけないと思い、いい子を演じ、嫌われないように努めた。
小学校で学んだのは、先生に気に入られなければ、地獄を見ること。
子供ながら、先生の好き嫌いは理解できた。
先生は、嫌いな生徒を目の敵のように、何かと叱責する。
先生の好きな生徒は、反省したふりをすれば怒られない。
そして、クラスメートとの同調。
みんなが、汚いとか言って、のけ者にする生徒には近寄らない。
そんな変な同調を身につけた。
ある日突然クラスメートが転校した。
理由はイジメ。
イジメられた側の両親が、子供の体のアザを見つけ、イジメを知り、転校させたのだった。
私は、そのクラスメートといつも一緒にいた男の子たちがプロレスごっこをしているのをよく見かけていた。
遊びとしか受け取っていなかったが、今思い返せば、一方的にプロレス技をかけられていた。
気づかなかったのは、そのクラスメートが逃げようとしたり、嫌だと言わなかったからだろうか、それとも、それを遊びとする雰囲気に同調していたのだろうか。
体に複数のアザがあったということは相当なことだと思う。
親が気づいたことが、幸いであった。
しかし、おかしいと思うのは、イジメた側が怒られなかったこと。
イジメた生徒は、クラスでの人気者、先生のお気に入りであった。
先生は、子供同士の行き過ぎた遊びと考えていたのだろうか。
その先生は、嫌いな生徒には、トコトン厳しい先生であった。
中学受験を控えた生徒が、気に入らないことをした時、すでに渡していた調査票を持ってこらせ、調査票を書き換え、その生徒は、中学入試を失敗した。
先生に気に入られなければ、人生さえ左右される。 地獄を見る。
人に気に入られなければいけない、同調しなければならないという習性が小学校で形成された。
人に気に入られようと思わなければ、人に気前よく振る舞うような無駄なことは、しなかっただろう。




