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第93話 龍、和解(餌付け)

 壮絶な「耕作」の嵐が吹き荒れてから、わずか数分後。

 そこには。……数分前までの、世界を灰に帰そうとしていた威厳に満ちた古代龍の姿は、どこにもなかった。

 全身を覆っていた金剛不壊のダイヤモンド鱗は、テオのクワ捌きによって一枚残らず綺麗さっぱりと剥ぎ取られ(耕され)、代わりに、夕日に照らされた桜の花びらのような、つるつるとした柔らかいピンク色の肌(通称:赤ちゃん肌)を晒し、情けなく身を縮めてガタガタと震える、一頭の巨大な爬虫類が岩陰で小さくなっていた。


 その巨躯ゆえに迫力はあるものの、龍の戦意はすでに塵一つ残らず喪失していた。テオという「理外の存在」に根底から環境をリフォームされた衝撃は、古代の誇り高き魂をも粉々に打ち砕いたのである。

 テオは肩で荒い息を吐きながら、ようやくクワを腰のベルトに収めると、代わりに空中に手を伸ばし、マジックバッグから今朝の「万博・特別受注分」として用意してあった巨大な何かを、よいしょ、と取り出した。


 それは……一目見ただけでは、それが何なのか判断がつかないほどの弩級サイズの「おにぎり」であった。

 今朝の朝ご飯の残りと、収穫したばかりの最高級ダンジョン米(コシヒカリ改・魔力倍増型)を三十キロ分ほど贅沢に使い、テオが適度な圧力で結びあげたもの。中には、ドラム缶サイズの最高級熟成シャケの切り身と、秘伝の甘辛ダレで三日間煮込んだ魔界昆布がこれでもかと詰め込まれている。海苔の代わりに、魔導湖でしか採れない大判の「金糸魔海苔」が、芳醇な磯の香りを漂わせて巻かれていた。


「……お腹、空いてるんだよね? ……これ、食べる?」

「(……グル、ル? クンクン、クンクン……!)」


 龍は最初、毒でも仕込まれているのではないかと警戒し、その巨大な鼻面を引くつかせて後退りした。しかし、一度その鋭敏な嗅覚がお米の甘い炊き立ての匂いと、食欲を極限まで刺激する海苔の香りを捉えてしまうと。……もう、本能に抗うことは不可能だった。

 何しろ数千年の断食状態だ。目覚めた直後の「機嫌の悪さ」の正体は、その九割が猛烈な空腹だったのである。

 龍は恐る恐る、まるで初めてのおやつを貰う子犬のようなおどおどした仕草で口を開け、テオの差し出した巨大おにぎりを、パクっと一口で優しく咥え込んだ。


「(…………モギュ。……モグ、モグ……ギュムッ!?!?!?)」


 次の瞬間。龍の、宝石のような瞳がカッと、限界まで見開かれた。

 美味い。……という言葉では、到底表現が足りない。

 数千年ぶりの生命の味。それも、テオの愛情と大地への祝福が詰まった、一粒一粒が白熱した旨味の爆弾と化した究極のコメ料理である。噛み締めるたびに、お米の優しい甘みと具材のガツンとした塩気が、龍の枯渇しきった魔力細胞へとダイレクトに浸透し、魂を芯から震わせていく。


 龍は、その巨大な瞳から、滝のような大粒の涙をボロボロと流した。

「(美味い……美味すぎる……。我、今まで何万もの人間や魔族を喰らおうとしたが……こんな、こんな優しくて強烈な幸せは知らなかった……。あ、あああ……)」

 あっという間に三十キロのおにぎりを平らげると、龍は自ら進んでテオの足元に巨体を擦り寄せ、喉を「ゴロゴロゴロ……」と重低音で鳴らしながら、「グルルゥ(もっと、もっと欲しいのだ)」「クゥ~ン(おかわりがあるなら、何でも言うことを聞くよ!)」と、完全に甘えモードへと突入した。


「よしよし、いい子だねぇ。安心しなよ、ご飯なら山ほどあるから。……ここは世界一の農場だからね」

 テオは笑って、マジックバッグから次々と特大おにぎりや、太さが丸太ほどもある新鮮な野菜スティック(そのままの大根)を次々と放り投げていく。

 龍はそれを空中でキャッチし、尻尾をバタンバタンと地面に叩きつけて大喜びで頬張る。その姿は、もはや伝説の古代龍ではなく、巨大化したポチ(弟分)そのものであった。


「…………なんということじゃ……。あの、世界を一度滅ぼしたとされる伝説の古代龍を、ただの白米一本で完全に手懐け、去勢しおった……」

 魔導王アスタロトが、膝から崩れ落ち、震える指先でその光景を指差して呆然と呟いた。

「さすがテオさんですわ! これぞ究極のコストパフォーマンス! 武力で制圧するより、胃袋を掴んで専属契約を結ぶ方が、遥かに効率的なビジネスですものね!」

 エリナが、早くも「古代龍を警備員として雇用した場合の経費削減案」をノートに書き留めながら、割れんばかりの拍手を送った。


 会場にいた数万の観客たちからも、地鳴りのような拍手と「テオ! テオ!」という大歓声が巻き起こった。

 こうして、世界最強の生物として恐れられたエンシェント・ダイヤモンド・ドラゴンは、テオの農場の「番犬・二号機(およびポチの遊び相手)」として正式に雇用されることになった。

 名前は、その鱗がかつてダイヤモンドだったことから、テオの独断で「ダイヤちゃん」に決定。

 テオは、ダイヤちゃんのつるつるになった(そして以前より瑞々しくなった)頭を優しく撫でながら、夕焼け時のような美しいヒカリゴケの明かりの下で、満足げに笑うのであった。


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