第87話 メインイベント「収穫祭コンテスト」
万博の華やかなパビリオン群が熱狂を帯びる中、ついに最大の目玉イベントである『世界農産物品評会・ゴールデン・ベジタブル・アワード』が、中央ドームにて開演。
ドーム内は数万の観衆と、各国の首脳級VIPが詰めかけ、物理的な熱気と興奮が、ティアの冷却魔法を無視して充満していた。
ステージ上には、世界中から選りすぐられた伝説の「特急品」たちが誇らしげに並べられ、一流の生産者たちが審査員たちに向けて、その希少性と効能を熱烈にアピールしていた。
「こちらがエルフの秘境、世界樹の最上階でしか実らないという秘宝『世界樹の結晶果実』です。一粒食べれば寿命が最低でも五年延び、あらゆる精神疾患が完治します」
「おおっ……! その輝き、もはや食べ物というよりは神が創りし聖遺物のようだ」
「我がドワーフ王国からは、万年氷河の底で百年の時をかけて育った『剛腕鋼鉄キノコ』じゃ! 食べれば滋養強壮に効き、噛み砕くには鋼鉄の歯が必要じゃが、その後に来る魔力の高揚感は唯一無二じゃぞ!」
「……確かに、これ一本で騎士団一隊が一日中戦えそうなエネルギーを感じるな」
「魔界特産、『地獄極楽・叫びマンドラゴラ』だ! 抜く時の叫び声がソプラノであればあるほど、その身は甘美な蜜を湛えている。今朝も王宮の庭師が一人犠牲になって手に入れた至極の一品だぞ!」
「……趣味は悪いが、魔族特有のあの独特なコクは、一度ハマれば抜けられぬという噂だ」
錚々たる、あるいは恐ろしげなラインナップ。会場の誰もが、この異次元の戦いに息を呑み、審査基準のあまりの高さに、「現代農業の限界はここまできたか」と溜息を漏らしていた。
そんな中、大トリとして静かに、そしてあまりにも飾らない姿で登場したのは、主催者であるテオだった。
彼が出品台に乗せたのは、魔法の光を放つ宝石でも、人の命を弄ぶ秘草でもない。見た目はごく普通、どこの田舎の市場にでも転がっていそうな、しかし瑞々しい『トマト』と『大根』。それも、わざと泥を少し残したままの、本当にただの野菜だった。
「なんだ、ただの野菜じゃないか?」
「地味だな……。他の国が寿命を延ばしたり魔力を爆発させる逸品を出しているのに。さすがに、主催者としての余裕というよりは、慢心じゃないか?」
観客の一部から、失望混じりの失笑が漏れる。会場のボルテージがわずかに冷え込もうとした、その時。
審査員長であり、生涯において全世界の美食を食べ尽くしたとされる「世界一の舌」の持ち主、聖グルマン王が、怪訝そうな顔をしながらテオのトマトを一つ、その節くれ立った大きな手で手に取った。
その瞬間。
「むっ……!? なんだ……この重力に抗うような、吸い付くような肌触りは。……中身が、原子レベルで詰まりきっている!」
グルマン王は、半信半疑のまま、トマトを自身の口元へと運び、その薄い皮をガブリと勢いよく齧った。
パシュッ!!
ドーム中に響き渡るほど鮮烈な、果汁が弾ける「音」。
一秒、二秒。
会場に訪れたのは、物理的な「死の静寂」であった。
次の瞬間、グルマン王の全身から、眩い黄金色のオーラが滝のように噴き出した。いや、それは比喩ではない。王の背後には、収穫を祝う女神の幻影が顕現し、さらには重力制御すら失われたのか、彼の巨体が数センチほど宙に浮いた。
「あああああ、あ゛ま゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッ!!!!!」
王の絶唱とも形容すべき叫びが、ドームの頑丈な屋根を揺るがした。
王は椅子から転げ落ち、格式高い正装を泥まみれ(のトマトの汁)にしながら、床をのたうち回って感激のあまり泣き叫んだ。
「なんだこれは……何なんだ!! 果物より甘い、のではない! これは、全人類が太古の昔に忘れてしまった『太陽の愛』の味だ!! 酸味は魂を震わせ、旨味は宇宙の真理を語りかけてくる! 口を開くたびに、私の味覚細胞が、幸福のあまり死んで生き返るのを繰り返している! これはトマトの形をした……神の恩寵そのものだぁぁッ!!」
他の審査員たちも、続いて差し出された「ただの大根」や「ただのキュウリ」を口にし。
「煮込んでいないのに、なぜ既に旨味の出汁が中まで染み渡っているんだ! 噛むたびに口の中で上質なスープが完成されていく!」
「見て! 私の顔のシワが! シミが消えていく! キュウリを一本食べただけで、十七歳のあの頃の肌が戻ってきたわ! これ、市場に出てる分、全部買い占めなさい!!」
理性を完全に投げ捨て、阿鼻叫喚……もとい、歓喜の暴力が審査員席を支配した。
会場全体が地響きのようなスタンディングオベーションに包まれる。
派手な魔法のオーラや、寿命を弄ぶ詭弁など、本物の「土の恵み」の前ではただの演出に過ぎない。
結果は、全審査員が歴史上初の「一京満点」を出すという(レジスターの桁が壊れた)、圧倒的な勝利。
優勝トロフィーを手にするテオに対し、観客からは「ファーミング・ゴッド(農神)!!」「我らの胃袋の守護聖人!!」という、もはや宗教的なコールが送られた。
テオは顔を引きつらせた笑顔で手を振りながら、心の中で切実に願うのだった。
(農神とかはやめてくれ……。僕はただ、美味しいものを食べたい、ただの農家なんだから……)
だが、彼のその謙虚な姿勢こそが、人々の「テオ信仰」をさらに強固なものにしていくのであった。




