第84話 招待状の送付
箱――すなわち博覧会の会場が完成したなら。次に行うべきは、そこに招くべき最高級の「客」を呼び寄せることである。
テオたちは、農場のクリエイティブ部門(主にエリナとロボ)が総力を結集し、異世界史上最も豪華で、かつ受け取った者が絶対に拒否できない魔力的な魅力を備えた『特製・招待状』を作成した。
使用されたのは、テオの畑で収穫された後に特殊加工された、最高級のしなやかな羊皮紙。文字は、ガントンが秘蔵していた金山から採掘された純金を用いた、立体的な金箔押し。そして封筒を手に取った瞬間に、封じ込められた微かな花の香気と、食欲をそそる瑞々しい果実の匂いが辺りに漂うという、五感を刺激する仕掛けが施されていた。
「さて……これを、世界中のトップに届けなきゃいけないんだけど。……ポチ、頼めるかな?」
「ワンッッ!!(任せてテオ! 今の僕なら、大陸を一周するなんて散歩みたいなものだワン!)」
ポチは、ここ数ヶ月の間に、農場の高濃度な魔力を持った作物を食べ続けたことで、本質的な進化を遂げていた。
彼が背中に力を込めると、黒い毛並みの隙間から、風魔法を物理的な形に昇華させた、透き通った青い光を放つ魔力の『翼』が出現したのだ。
もはや地上を走る必要すらない。『天空を駆ける神獣・フェンリル』となったポチは、テオから預かった特製の招待状(と、賄賂……もとい、お土産)をリュックに詰め込み、音速を超えて大空へと飛び立った。
ポチの配達先は、文字通り「世界のすべて」だ。
人間の王都中心部にある王宮のテラス、森の最深部に隠されたエルフ女王の謁見の間、地底湖の底にあるドワーフ族長の鍛冶神殿、魔界の雲のさらに上に浮遊する大公の居城。さらには、断崖絶壁に建つ賢者の塔や、活火山の火口に住まうドラゴンの長老の元にまで。
窓やバルコニーから、いきなり雷鳴とともに飛び込んできた巨大な影に、最初は誰もが寿命を縮めるほどの恐怖に顔を引きつらせ、近衛兵や宮廷魔術師たちを呼び集めて迎撃の魔法を構えようとした。
しかし。
伝説の殺戮獣だと思われていたフェンリルが、淑やかな令嬢のような所作で「おすわり」をし、尻尾を控えめに振りながら、黄金に輝く招待状と、大きな木箱に入った『最高級・完熟マナ・メロン(一個金貨十枚相当)』を丁寧に差し出すと、彼らの態度は驚くほど一変した。
「ダンジョン万国博覧会……? あの、王都の食糧事情を一気に黒字に転換させたという、噂の『深層農場』からの正式な招きか」
「主催者はテオ殿か。不治の病をも治すという、あの伝説のジャガイモが展示されるという。……これは、国の安全保障の観点からも、不参戦という選択肢はないな」
「……メロン、美味すぎる! この甘み、この芳醇な香り……! こんなものが無限に食べられる祭典なら、スケジュールを全て白紙にしてでも行くしかないだろぉぉッ!!」
各国のVIPたちは、それまで優先順位の一番上に置いていた国事や外交問題を全て放り投げ、こぞって万博参加の返信を魔法通信機で送ってきた。
ポチの個人的な「散歩」は、結果として、世界各国の首脳を一箇所に集めるという、歴史上いかなる外交官も成し遂げられなかった『平定の使者』としての役割を完璧に果たしてしまったのである。
ちなみに。
配達を終えて戻ってきたポチは、各地の王宮や神殿で「聖獣様、どうかこちらを……」と最高級の肉や珍味を振る舞われまくった結果、出発時よりも一回り、いや二回りほど体格が横に広がり、少しお腹を揺らしながら帰還した。
「おかえりポチ。……なんだか、少し貫禄が出たというか、重くなった?」というテオの言葉に、ポチは「ワッフ……(いいもん、お祭りまでに運動して痩せるワン!)」と、照れ臭そうに顔を背けるのであった。




