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第85話 前夜祭

 万国博覧会『D・EXPO』開催の正式な初日を、数時間後に控えた前夜。

 完成したばかりの広大な万博会場の中央広場にて、博覧会の成功を祈念し、そして一ヶ月に及ぶ地獄の突貫工事を耐え抜いた全スタッフ――農場のオリジナルメンバーから、百名を超える多種族の従業員たちまでが集まった、大々的な「決起集会兼・お披露目打ち上げ」が行われた。

 明日から訪れるであろう、異世界史上最大の狂騒に備え、今夜だけは上下関係も種族の壁も取っ払った「無礼講」で英気を養おうという、テオの発案による豪華な宴だ。


 広場の中央には、天を衝くような巨大なキャンプファイヤーが焚かれ、パチパチと薪が爆ぜる音と火の粉が、地底の天井を幻想的に彩りながら心地よいリズムを刻んでいる。

 その炎を囲むように、長い木製のテーブルが幾重にも並べられ、そこにはテオとエリナ、そして料理部門を任されたオークやエルフの料理人たちが腕によりをかけた逸品が、もはや隙間なく所狭しと並べられていた。


「さあ! 今夜は僕の奢りだ! 飲んで食べて、最高の笑顔で明日の本番を迎えよう! ……明日は、いい意味での『戦争』になるぞ!」

「「「「おおぉぉぉぉぉーーッッ!!」」」」


 テオの号令とともに、オークたちが樽から溢れんばかりのエールをジョッキに注ぎ、野太い歓声を上げて一気に飲み干した。彼らの目の前には、丸太のようなダンジョンバイソンの丸焼きが何頭も並び、脂が滴る肉の焼ける香ばしい匂いが広場を支配している。

 かつては敵対していた、あるいは社会の底辺でくすぶっていた元勇者のアレクたちも、今ではすっかり農場の風土に馴染み、オークと肩を組んで「お代わりだ!」「その肉を寄越せ!」と笑い合いながら歌を口ずさんでいる。


「おい、アレク! その極厚チャーシューを独り占めするなブヒ! 俺が三日間も仕込みをしたんだぞ!」

「うるせぇ! 皿洗い部門のエースである俺に、スタミナを付けさせるのが従業員の義務だろ!? ……ま、この秘蔵の冷え冷えエールは半分分けてやるよ」

 剣を抜き合っていたはずの彼らの間に、そこには確かに「食」と「労働」を通じた、種族を超えた奇妙で温かい友情が芽生えていた。


 喧騒から少し離れた、静かな特設テラスでは、ドワーフのガントンと魔王アスタロトが、差し向かいでお猪口を傾けていた。

「……ほう、この『日本酒』という透明な雫。最初は水のように大人しく、後から魂を揺さぶるような深いコクが追いかけてくるな。わしの魔王城の宝物庫にある名酒が霞んで見えるわ」

「じゃろう? これはテオが育てた『魂が宿った米』を、わしが打った『魔導圧搾機』で絞った結晶じゃ。機械の力と大地の恵みが、この世ならざる味を生み出しおったわい」

 魔王は、自らの宿敵の末裔ともいえるドワーフの意見に満足げに頷き、地底から汲み上げた極上の一杯を、ゆっくりと喉に流し込んだ。


 一方、デザートコーナーでは、エリナとティア、そしてリルが、女子会さながらの盛り上がりを見せていた。

「見てください、この『深淵の宝石タルト』! イチゴ、メロン、ブルーベリー……テオさんの育てた全ての果実が、カスタードの雪解けの上に輝いていますわ! ……ああ、食べるのが勿体ないくらいに美しい……(パクッ)」

「我は、この『地底湖プリントルテ』をいただくぞ。このぷるぷる感……魔力量の回復に直結する波動を感じる。もはや薬膳の域ではないか」

「私は全部だもーん! 今夜はデザート無制限ってパパと約束したんだもん! マナ・チョコクレープ、もう一個おかわりー!」

 リルは口の周りを純白の生クリームだらけにしながら、三層構造のパフェに無邪気にスプーンを突き立てていた。


 そんな、種族や立場の垣根が溶けて無くなったかのような賑やかな光景を、テオは少し離れた岩場の影から、静かに眺めていた。

 手には、スパイスを煮込んだ芳醇な香りのホットワインのカップ。

 焚き火の暖かさと、ワインの甘い香りが、心地よい冷たさの夜風の中で、全身に染み渡っていく。


(……本当に、ここまで来たんだな)


 あの日。理不尽に追放され、ただ一つの袋に入った種だけを握りしめ、暗くて、寒くて、死の予感しかなかったこの深層の洞窟に突き落とされたあの日。

 独りぼっちで震えていた自分に、今のこの光景を伝えても、きっと信じなかっただろう。

 でも今は、こんなにたくさんの仲間がいる。

 暗闇を打ち消す、煌々と輝く魔法の明かりがある。

 そして何より、腹の底から笑い合える、温かな信頼と家族ファミリーがいる。


「テオ様。何を、一人でカッコつけて黄昏れているのですか? せっかくの宴なのですから、主役がいなければ締まりませんよ」

 ポチがいつの間にか足元に忍び寄り、ふさふさの尾をテオの脚に絡ませてきた。

「ワンッ!(テオ、あっちに僕の大好物の特上ロースの炭火焼きがあったよ! 一緒に食べようワン!)」

「ははは。……そうだね、ポチ。主役の僕が一番楽しまなきゃね」


 テオは笑って、最後の一口のホットワインを飲み干すと、カップを置いて仲間たちの輪の中へと勢いよく戻っていった。

 夜空(天井)には、ティアが魔法で投影した巨大な満月と、千万の星々が瞬き、至るところで発光するヒカリゴケが、地上の一等地の夜景さえも凌駕する、美しく幻想的なナイトシーンを作り出していた。

 明日はきっと、この世界の歴史が決定的に、そして美味しく書き換えられる一日になる。

 祭りの前の心地よい高揚感と、家族のような優しい安らぎが、ダンジョンの深淵を優しく、深く、包み込んでいた。


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