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第59話 魔王の娘リル

「ふん、まあ今回は許してやろう。不可抗力じゃったしの。お湯と……この牛乳とやらのおいしさに免じてな」


 お風呂から上がり、エリナの用意した服(ティアのお下がりだが、サイズが合わず少しブカブカで萌え袖になっている)に着替えた少女は、リビングの特等席のソファで、王様のようにふんぞり返っていた。

 名前はリル。

 その素性を聞いて、テオたちは仰天して椅子から転げ落ちそうになった。


「ま、魔王の娘ぇぇ!?」

「静かにせい! 声が大きい! 秘密じゃ! 隠密行動中なんじゃ! パパに見つかったら大変なんじゃ!」


 リルは「しーっ!」と人差し指を口に当てた。

 魔王アスタロト。

 この世界の魔族を統べる絶対王者であり、かつて人類と大戦争をした恐怖の象徴……とされているが、ここ数十年は沈黙を守っている謎の存在だ。

 その一人娘が、なぜこんなダンジョンの最深部に?


「どうしてこんなところに? 魔界から観光?」

「違う! 家出じゃ!」


 リルは憤慨して叫んだ。


「パパがウザいんじゃ! 朝起きれば『リルたん可愛い今日も天使だね』と抱きつき、食事の時は『あーんしてあげよう』とスプーンを持ち、風呂に入ろうとすれば『背中流してやる』と入ってきそうになる……毎日毎日うるさいんじゃ! しまいには『虫がつかないように親衛隊100人つけよう』とか『彼氏作ったらその国ごと滅ぼす』とか言い出したんじゃ! もう我慢の限界じゃ!」


 ドン引きするレベルの親バカだった。

 魔王の威厳が台無しである。世界を滅ぼす理由が「娘の彼氏」とかだったら笑えない。


「我はもう子供じゃない! 150歳(人間換算で15歳)の立派なレディなんじゃ! 自由が欲しいんじゃ!」


 典型的な反抗期だった。

 しかも、相手が世界最強の魔王ときている。こじれ方が半端じゃない。


「それで、パパの魔力感知が届かない、魔素の濃いこの深層まで逃げてきたと」

「うむ。空間転移魔法を使ったのだが、座標計算をミスって……お主の風呂に落ちたというわけじゃ。運命的な出会いじゃな」

「迷惑な……」


 ティアがジト目で見るが、リルは全く気にしていない。大物だ。

 むしろ、テーブルの上に出された朝食の残りの温泉卵に釘付けになっている。


「……それは何じゃ? ぷるぷるしておるが」

「温泉卵だよ。とろとろで美味しいよ」


 テオが殻を割って、少しだけ特製だし醤油を垂らして差し出すと、リルは恐る恐る一口食べ、そしてカッと目を見開いた。


「んんっ!? 美味じゃ! なんじゃこの濃厚な味は! 白身は柔らかく、黄身はねっとりと舌に絡みつく……魔界の珍味、コカトリスの卵より数倍美味いぞ!」

「よかったらもっと食べる? 炊きたてのご飯に乗せて、崩して食べると最高だよ」

「うむ! 苦しゅうない! もっと持て! ご飯も大盛りでな! おかわり自由か!?」


 どうやら、この魔王の娘も美味しいものには目がないらしい。チョロい。

 テオの「餌付けスキル」が発動した瞬間だった。

 テオは心の中で「手のかかる子供がまた一人増えたな」とため息をつきつつも、そのあまりにも気持ちのいい食べっぷりの良さに目を細めた。


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