第58話 謎の訪問者
温泉リゾートが完成して数日後。
テオは誰よりも早く起きて、一人で贅沢な朝風呂を楽しんでいた。
まだ誰もいない一番風呂。微かに白む(ように魔法で設定された)天井の空と、眼下に広がる静寂に包まれた地底湖の景色。
そして片手には、試作した腰に手を当てて飲むためのコーヒー牛乳。
完璧だ。これぞ勝者の朝だ。
「はぁ~……生き返るなぁ……極楽極楽」
テオが湯船の縁に頭を乗せ、ぼんやりと天井を見上げていた、その時だった。
遥か頭上の暗闇に、小さな黒い点が現れた。
ゴミ? 天井の岩の破片か?
いや、動いている。少しずつ大きくなっている。
点はどんどん大きくなり、こちらに向かって真っ直ぐに落下してくる。
「……え?」
鳥? 迷い込んだコウモリ?
いや、人だ。
黒いフリルのついたゴシックドレスを着た、小柄な少女だ。
「うわあああああッ!? と、止まらぬーッ!! ブレーキが効かぬーッ! 助けてーーッ!」
少女の悲鳴が急速に近づいてくる。ドップラー効果だ。
飛行制御を完全に失い、キリモミ状態で回転しながら落ちてきている。
落下地点の予想座標は――ここ、露天風呂のど真ん中。僕の頭上。
「危ないッ!」
テオはとっさに身構え、お湯を魔法で持ち上げてクッションを作ろうとしたが、間に合わなかった。
バッシャァァァーン!!
盛大な水柱が上がり、爆弾が落ちたようにお湯が周囲に飛び散った。
テオも大波に飲まれて溺れかけ、鼻にツーンとお湯が入った。
「ぶほっ!」
湯船には大きな波紋が広がり、しばらくして、プカプカと何かが浮かんできた。
「ぶはっ! ……だ、大丈夫ですか!?」
テオが慌てて抱き起こすと、少女は目を回していた。
年齢はティアと同じくらいか、少し上。
漆黒の高級そうなドレスはずぶ濡れで肌に張り付き、背中にはコウモリのような小さな翼、頭には山羊のようなねじれた立派な角が生えている。
魔族?
いや、この肌を刺すような高密度の魔力は、ただの魔族ではない。上位の存在だ。
「……けほっ! けほっ! ……あいたた……ここはどこじゃ……? 天国か……?」
少女が顔を上げた。
宝石のような紫色の瞳が、ボヤけた視界でテオを捉える。
そして数秒後。
自分が知らない男に抱きかかえられ、しかもあられもない姿で混浴状態であることに気づき、顔を茹でダコのように真っ赤にした。
「き、貴様! 無礼者! 触るな! 下賎な人間風情が、高貴なる我と同じ湯に浸かるとは何事じゃ! 痴れ者め! 死刑じゃ! 即刻、打ち首獄門じゃ!」
いきなり死刑宣告された。
どうやら、また厄介なお客さんが空から(比喩ではなく物理的に)降ってきたようだった。
テオは深くため息をついた。
スローライフへの道のりは、相変わらず険しい。




