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第57話 一番風呂の争奪戦

「さて、ここで重大な問題だ」


 テオは脱衣所の前で仁王立ちし、鋭い眼光で仲間たちを見回した。

 背景には、湯気をもうもうとあげる黄金の露天風呂。

 まだ誰も足を踏み入れていない、神聖なる一番風呂バージン・ホットウォーター

 水面は鏡のように静まり返り、最初の入浴者を今か今かと待っている。


「誰が一番風呂に入るか?」


 日本の温泉道において、新品のお風呂の「一番風呂」は特別な意味を持つ。

 それは名誉であり、贅沢であり、そして何より一番気持ちいい瞬間の独占権だ。


「ここはやはり、言い出しっぺであり、危険な灼熱エリアまで行って命がけで掘削指揮をとった僕が入るべきでは? リーダーとしての威厳もあるし、一番に安全を確認する義務がある」

 テオが理路整然と先手を打つ。

「ふん、何を言う。この土地ダンジョンの所有者は我だぞ。大家が入るのが筋だろう。家賃の代わりじゃ。それに冷えた体を温めるのは女性の特権じゃ」

 ティアが胸を張って反論する。

「いえいえ、ここはやはり女性優先レディーファーストですよ。テオさんは紳士ですよね? それに、お肌の乾燥は一刻を争うのです! 聖女の肌が荒れたら国の損失ですよ!」

 エリナが一歩も引かない。笑顔だが目が笑っていない。

「わしは年長者じゃぞ! 敬老の日じゃ! お主ら、敬老精神はないのか! ここに来るまでの道中で腰が痛いんじゃ! 若者は年寄りを労れ!」

 ガントンが急に腰を押さえてヨボヨボと老人アピールを始めた。さっきまでハンマーを振り回していたくせに。


 議論は平行線をたどり、殺気さえ漂い始めた。

 このままでは血(とお湯)で血を洗う争いになってしまう。楽しい温泉のはずが、バトルロイヤルになっては本末転倒だ。

 テオは深くため息をついた。


「……ジャンケンにしよう」

「ほう、原始的な決闘か」

「運否天賦……望むところです」

「ドワーフの動体視力を侮るなよ」


 最も公平かつ、残酷な運試し。

 全員が頷いた。ポチもなにやら参加する気満々で前足を上げている。


「いいか、一発勝負だ。最初はグー! ジャンケン……ポンッ!!」


 全員の手が出された。テオ、ティア、エリナ、ガントン。

 驚くべきことに、全員が「パー」を出していた。

 相手の心理の裏をかき、グーを出すだろうと読んでのパー。全員が同じ思考レベルだったのだ。

 拮抗したか? あいこか?


 しかし。

 その場に静寂が流れた。


「ワンッ!(勝った!)」


 ポチだけが違った。

 ポチは口に「チョキの絵柄が描かれた木の札(テオが以前おもちゃで作ったもの)」をくわえていたのだ。

 テオたちが裏の裏を読み合っている間に、ポチは純粋に勝ちに行ったのだ。獣の直感で。


「あ……」

「ポチの一人勝ち……!?」

「そんなのアリか……」


 テオたちは膝から崩れ落ちた。

 高度な心理戦の読み合いが裏目に出た。無欲な獣の直感に、人間の(とエルフとドワーフの)浅はかな知恵が完全敗北した瞬間だった。


「うぅ……ポチなら仕方ないか……」

「おめでとうポチ……先に行っていいよ……背中流してあげるね……」


 敗北者たちは涙を呑んで道を開けた。

 ポチは嬉しそうに尻尾をブンブン振り、意気揚々と岩場を駆け上がり、ドボーン!と豪快に飛び込んだ。

 バシャバシャと犬かきで泳ぎ回り、そして湯船の縁に顎を乗せて「ワフゥ……(極楽~)」ととろけた顔をする。


 そのあまりにも幸せそうな姿を見て、全員の闘争心は霧散した。

 まあ、可愛いからいいか。

 癒やされるな。

 その後、みんなで仲良く(男女別時間制で)お湯を堪能し、全員が骨抜きになり、ふにゃふにゃになったのだった。


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