第56話 効能と実験
完成したばかりの湯気を上げる温泉を前に、テオはすぐに入浴したい衝動をぐっと堪えた。
彼はまず「農家(兼錬金術師)」としての慎重な本能に従い、成分分析を行うことにした。
この深層から湧き出たお湯が、人体にどのような影響を及ぼすのか。未知の成分が含まれているかもしれないし、長時間の入浴が危険な可能性もある。
「鑑定してみよう。……スキル【鑑定・詳細分析】!」
テオは試験管に汲んだ黄金色のお湯を太陽に透かして見た。
視界に半透明のシステムウィンドウが浮かび上がり、細かい分析結果が羅列される。
【鑑定結果:深淵の秘湯(ランクS)】
・属性:聖/火/土
・泉質:含魔力・硫黄塩泉(高濃度)
・効能:
1.疲労完全回復(肉体疲労・精神疲労・魔力疲労を短時間で除去)
2.魔力循環促進(体内の魔力回路の詰まりを解消し、パスを広げる)
3.状態異常解除(毒、麻痺、呪い、魅了を含む全てのバッドステータスを浄化)
4.美肌効果(レベル5:伝説級。細胞レベルで老化を防ぎ、若返り効果あり)
5.冷え性改善、肩こり・腰痛解消(万年の悩みも一発解決)
6.育毛促進(死んだと思われた毛根に強烈な活力を与える)
7.水虫即死(あらゆる真菌を滅する殺菌力が凄い)
・備考:10分浸かるだけで、上級ハイポーション一本分の回復効果がある。ただし、飲み過ぎるとデトックス効果が強すぎてお腹を下すので注意。
「……すごいよこれ。ただのお湯じゃない。『浸かるポーション』だ。いや、エリクサーに近い」
テオは感嘆の声を上げた。
大地の魔力が数千年かけて凝縮された、奇跡の霊泉だ。これを瓶詰めにして売れば、一つで城が建つレベルの価値がある。
その信じられない効能を聞いて、周囲のギャラリー(特に女性陣とガントン)の目の色が、獲物を狙う肉食獣のように変わった。
「み、美肌効果レベル5ですって!? レベル5!?」
エリナが試験管に食いついた。鼻息が荒く、瞳孔が開いている。
「レベル5といえば、国宝級の美容クリームを全身に塗りたくるのと同義……いえ、内側から細胞が活性化される分、それ以上です! これは……毎日入らねばなりませんね。聖女の務めとして! あくまで『聖女として民衆の前に立つため』の身だしなみとして! 私利私欲ではありませんよ!」
目がマジだ。聖女の仮面が剥がれ落ちかけている。
「い、育毛促進じゃと……? 本当に、本当に生えるんか?」
ガントンが自慢の髭(と、兜で隠れて見えないが少し寂しくなってきたつるつるの頭頂部)を震える手で撫でた。
「わしの荒野のような頭皮にも春が来るのか……? 失われた栄光が蘇るのか……?」
「魔力循環促進か。これは魔法使いとしての修行にも使えるな。効率的に魔力量を底上げできる」
ティアは腕を組み、あくまで冷静に分析しているフリをしているが、尻尾をブンブン振っているのが幻視できるほどウズウズしている。
「最近、大魔法の連発で肩が凝るからのう。メンテナンスは重要じゃ。あくまでメンテナンスじゃぞ」
安全確認は完了した。
効能は期待以上、いや期待過剰だ。
もはや躊躇する理由は何もない。
あとは、誰がこの奇跡の湯に一番乗りするか、それだけだ。
テオたちは互いに顔を見合わせた。
そこには、一瞬にして緊張が走り、雷のような火花が散った。仁義なき戦いの予感が漂っていた。




