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第51話 温泉への渇望

 その日、テオは深刻な顔で、しかしどこか虚ろな目でドラム缶風呂に浸かっていた。

 お湯は温かい。タコちゃんの魔法で完璧に温度管理されたお湯は、いつだって四二度の適温だ。入浴剤代わりに乾燥させたローズマリーやミントなどのハーブも浮かべており、香りも良い。

 だが、テオの顔は晴れない。心は満たされていなかった。


「……狭い」


 ぽつりとこぼれた言葉が、湿った浴室(岩を一箇所くり抜いて作った簡易シャワー室)の壁に寂しく反響する。

 テオは体育座りをし、膝を抱えるようにして縮こまっている。まるで胎児のようだ。

 少しでも足を伸ばそうとすれば、膝がお湯から不格好に飛び出し、外気に触れて寒さを感じる。肩までしっかり浸かろうとすれば、首がドラム缶の縁に当たって窮屈で苦しい。

 五右衛門風呂の風情は嫌いではない。最初の頃は、これがあるだけで天国だと思った。泥だらけの体を洗えるだけで感謝した。

 しかし、人間とはなんと強欲で業の深い生き物なのだろう。

 衣食住が満たされ、美味しいお米とビールがある生活に慣れてくると、次なる高尚な欲求が頭をもたげてくるのだ。


「足を……思いっきり伸ばしたい!!」


 テオはザバァッ!とお湯を盛大に跳ね飛ばして立ち上がった。

 タオル一枚の姿で、湿った天井に向かって拳を突き上げる。革命家のポーズだ。


「大の字になってお湯に浮かびたい! 広い湯船の縁に頭を乗せて、ダラァ~っと重力から開放されて脱力したい! 手足の指先までジンジン温まりながら、天井の高い空を見上げて『あ゛ぁ~……生き返る~』と心からの呻き声を上げたいんだ! なんなら雪見風呂とかしながら日本酒をキューッとやりたいんだ!」


 脱衣所で着替えのシャツを置いていたティアが、その魂の叫びを聞いて、呆れた顔で浴室を覗き込んだ。


「……テオ? ついにのぼせたか? それともキノコの毒か? 奇声を上げてどうした」

「ティア! 僕は決めたよ。温泉を作ろう。マジで。これは人類の悲願だ」

「温泉? 前にも言っていたな。地面から勝手に湧き出る熱いお湯のことか?」

「そうだよ。日本人のソウルの拠り所だ。DNAに刻まれた帰巣本能だ。これがないと死んでしまう病にかかった」

「大げさだな……」


 テオは熱弁を振るった。

 このダンジョンには、地下深くに巨大な熱源であるマグマ溜まりがあることはガントンから聞いている。

 そして、水脈も豊富だ。タコちゃんだっている。

 つまり、条件はすでに揃っているのだ。あとは掘るだけだ。そこにお湯があるなら、掘り当てるのが男というものだ。


「目指すは『大露天風呂』だ。50人、いや100人が一度に入れるような広大なやつをね。打たせ湯も、寝湯も、サウナも作るぞ」

「100人!? 馬鹿な、我々しか住人がおらんのに、誰が入るのだ。無駄に広いだけで掃除が大変なだけだぞ」

「ロマンだよ、ティア。それに、この農場はどんどん大きくなってる。いつか色んなお客さんを招く日が来るかもしれないだろ? その時、『うちは温泉付きですよ』って言えたらかっこいいじゃん」

「ふむ……客か。我の領地の豊かさを見せびらかすのは悪くないな。他国の姫や王族が来た時に、ドヤ顔できるかもしれん」


 ティアは少し考え込み、そして悪戯っぽくニヤリと笑った。


「よかろう。我が領地に相応しい、世界一豪華な施設を作るというのなら協力してやらんでもないぞ。……それに、広い風呂なら泳げるしな」

「泳いじゃダメだけどね。マナー違反だから。……よし、善は急げだ! 温泉掘削プロジェクト、今ここに始動!」


 テオの目は、まだ見ぬ黄金の湯を夢見て、少年のように輝いていた。

 美味しいご飯の次は、最高のお風呂。

 究極のスローライフへの飽くなき探求心は、決して留まることを知らないのだ。


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