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第50話 次なる野望へ

第50話 次なる野望へ


 勇者パーティによる、あの深夜の滑稽な襲撃未遂事件から数日が経過した。

 地上の冒険者ギルド界隈では、この件をきっかけに新たな伝説(あるいは怪談)が誕生していた。「地下五十階層の深淵には、侵入者の魂まで吸い尽くす漆黒の神獣と、あらゆる汚物を分子レベルで粉砕する冷酷な機械の番人が潜んでいる」「不用意に近づいた者は、身に纏った装備から下着に至るまで、文字通り一物も残さず『分別処理』される(※甚だしいデマだが、当たらずとも遠からず)」という噂だ。

 この「神聖不侵犯」のレッテルによって、好奇心旺盛な命知らずたちの侵入は完全に皆無となり、農場は、かつてないほどの静寂と平和、そして安定した平穏を取り戻していた。


 テオは、午前中の作業を終えて額に滲んだ汗をクワの柄で拭いながら、目の前に広がる美しい水田の風景を眺めていた。

 収穫間近の稲穂が、地底の微かな風を受けてサラサラと黄金色の波を立てている。その隣には、エリナが献身的に手入れしている薬草園が広がり、さらに奥ではガントンが新しい農具の調整に余念がない。


「ふぅ……。今日も、本当に良い仕事ができたな」

「うむ、同感じゃな。収穫の歩留まりも予想を上回っておるし、日本酒の二次発酵も完璧な状態じゃ。お主の育てる素材が良いから、酒のキレも増すというものじゃな」


 ティアが、キンキンに冷えた特製の麦茶を竹筒のコップに注いで持ってきてくれる。テオはそれを一気に飲み干すと、喉を鳴らして満足げな溜息を吐いた。

 幸せだ。そして、豊かだ。

 衣食住が完全に満たされ、かつての敵対勢力も自滅した。普通の人間なら、ここで「上がり」として安穏とした隠居生活に入るだろう。

 しかし、テオの中にある「開拓者」としての魂、そして「究極のスローライフ」を追い求める欲望は、一つの頂を超えると、必然的に次なる高みを目指し始めてしまう業の深い性質を持っていたのだ。


「ねえ、ティア。……こうして毎日泥だらけになって働いてるとさ、やっぱり『アレ』が欲しくならないかな?」

「アレ? 収穫した米に合う最高の飯の友か? それとも、我のための追加のデザート権か?」

「いや、そうじゃなくてさ。……汗を流した後に、もっと広々とした場所で、手足をこれでもかってくらい伸ばして。天井の『ヒカリゴケ』を見上げながらゆったりと入る……そう、最高のお風呂、入りたくない?」


 テオは、遠く断崖の先を見つめた。

 この農場エリアのさらに奥深く、地下五十五階層の近辺には、地鳴りとともにドロドロとしたマグマが流れる「灼熱の熱源地帯」が存在する。

 マグマが流れているということは、そこには膨大な熱エネルギーがあるということ。そして、もしその熱源に地下水脈が触れていれば……。そこには、地球の、いやダンジョンの生命の息吹そのものである『天然温泉脈』が確実に眠っているはずなのだ。


「温泉……露天風呂……ヒノキの香り、それから岩盤浴にサウナ……。火照った身体を急冷する、キンキンの水風呂……」


 テオの瞳が、まるで宝の地図を見つけた海賊のようにギラギラと輝き出した。一度妄想が止まらなくなると、彼の行動力は魔王の進軍よりも速い。


「作ろう、ティア! ここはただの農場じゃない。自給自足のその先へ。この深淵に、世界で唯一の『ダンジョン特区・極楽温泉リゾート』を建設するんだ!」

「……は? お主、またとんでもないことを言い出したな。農業の次は土木工事の極致を目指すつもりか?」

「露天風呂の横でお風呂上がりの一杯、雪を降らせる魔法で雪見酒なんて最高じゃないか! 源泉の熱で温泉卵も無限に作れるし、何より、お風呂上がりに腰に手を当てて飲む『コーヒー牛乳』は、神々の食べ物さえ凌駕する至高の概念なんだよ!」


 始まった。

 ティアとエリナは、またしても始まったテオの「止まらないワクワク」を前に、苦笑いしながらため息をついた。だが、その口元には、かつての自分たちの人生では想像もできなかった「おもしろい明日」への期待が、隠しようもなく溢れていた。

 それに、「無制限の温泉卵」と聞いた瞬間に、ティアの小さな耳が好奇心でピクリと動いたのを、エリナは見逃さなかった。


「よし、行こう! 農業の合間に、まずは温泉掘削だ! ガントンさん、ロボ、準備はいい!?」

「ガガガ(超硬質・ミスリルビット、換装完了シマシタ。掘削プロトコル、速やかニ移行シマス)」

「わはは! わしを退屈させない天才じゃな、お主は! 黄金のクワに次ぐ黄金のスコップを打ってやるぞ!」


 新たな、そして常識外れの目標に向かって、テオたちは再び大地を駆け出した。


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