第48話 泥棒たちの末路(トラップ発動)
静寂が支配する地下五十階層の深夜。
かつての英雄たち――勇者アレク、魔導師ミランダ、そして残された戦士ガントン。彼らが息を殺し、爪を研いで農場の結界をわずかに越えたその瞬間、辺りの空気が劇的に凍りついた。
けたたましい警告音が響き渡る……。いや、それは単純なサイレンではなかった。「不法侵入者検知。現在ノ座標、並ビニ不文律へノ違反ヲ確認。直チニ武装ヲ解除シ、投降セヨ。コレハ最後ノ慈悲デス」という、ロボの無機質ながらも殺意を孕んだ合成音声が、増幅魔法によって四方八方から彼らの鼓膜を揺さぶったのだ。
「ちいっ!! 気づかれたか! だが構うもんか、こんな見せかけだけの警告、実力でねじ伏せてやる! テオを引きずり出せ、突撃だぁッ!!」
アレクが折れた聖剣を(質屋から無理やり奪い返して)抜き放ち、狂奔する。
しかし。彼が最初の一歩を踏み出した直後、本来ならば堅牢な土壌であるはずの地面が、まるで意思を持っているかのように、ドロドロの液体状となった。
水路管理の最高責任者、タコちゃんによる精密な水流操作と、テオが「耕作」スキルで極限まで耕し、隙間を作っておいた特殊な落とし穴トラップだ。
「う、浮き沈む!? 底がないぞ!? なんだこの泥は……!? ひ、引きずり込まれるぅッ!!」
「いやぁぁぁ!! 私の特注ローブが!! 泥と……何これ、お酒の匂いがするわ!? ベタベタして取れない!!」
足を取られ、無様に手足をバタつかせる「勇者」たち。その窮地に追い打ちをかけるように、空中に静止していたロボのドローンたちが、一斉にハッチを解放した。
降ってきたのは、無数の色とりどりの水風船。だが、中に入っていたのは「慈悲」ではなかった。
パシィィン! パァン!!
着弾すると同時に、周囲には鼻を突くほどの強烈な酸っぱい臭気と、目に染みる揮発成分が爆発的に充満した。
中身は、テオが酒造りに失敗し、発酵しすぎて「最強の刺激臭」を放つようになった超高濃度のお酢、通称『酸の地獄』。
本来なら肥料として薄めて使うはずのそれを、エリナの「最大限の嫌がらせを」というリクエストにより、原液そのままの濃度でぶち撒けたのだ。
「目がぁぁぁ!! 目が焼ける!! 鼻が……肺が腐るぅぅッ!!」
「誰か……回復を……! ミランダ、早く結界を……う、うぶぁぁぁッ!!」
地獄絵図の中で必死にもがく彼らの前に、さらに巨大な漆黒の「死」が立ち塞がった。
茂みの影から。まるで大岩が動いたかのような圧倒的な質量を伴って現れた一頭の巨狼――ポチ。
ポチは、あえて噛みつきもせず、ただ低く、地鳴りのような唸り声を上げながら、阿鼻叫喚の渦巻く彼らの周囲を、超高速の円を描いて疾走し始めた。
巻き起こる凄まじい砂埃、そしてポチが意図的に放つ「神話級魔獣としての、本質的な死の予感」。
直接的な攻撃など一回も受けていないにもかかわらず、アレクたちの精神は、深淵の王が放つ絶対的なプレッシャーによって、ガラス細工のように粉々に砕け散ろうとしていた。
「ひ、ひぃぃぃ……!! フェ、フェンリルだ……。なんでこんな場所に……アレク様、もう嫌です、帰りましょう……!!」
そして。パニックの絶頂に達し、錯乱状態となった彼らの背後に、音もなく、地平線の終わりを告げる者が降り立った。
右腕を鋭利な回転ミキサーに変形させ、左手からは地底の岩をも吸い込む強力な業務用掃除機のノズルを伸ばした、完全武装のメイドロボ。
「目標:動静ヲ喪失済ミト判断。現在、農場内……特ニ神聖ナル作物の周辺ニおける、有害物質ノ収集工程ニ入リマス。分別ニ協力クダサイ。……本日ハ『燃えないゴミ』ノ日デスカ? イエ、本日ハ『即座ニ消毒スベキ産業廃棄物』トシテ、肥料ピットヘ直葬シマス」
ロボがミキサーを「ギィィイィイン!」と不快極まりない金属音で唸らせ、無機質な赤色レーザーをアレクの額に照射した。
その光景、その音、そして背後に控える神獣。
かつての「英雄」たちは、あまりの恐怖と絶望のマリアージュに耐えきれず、白目を剥いてその場に卒倒。誰一人として、防衛ラインの第一段階さえ突破することなく、無残に敗北を喫したのである。
ちなみに。
その頃、農場の主であるテオは、防音の効いた特製のログハウスの中で、心地よいお米の香りに包まれながら「明日の肥料は何がいいかな……」と呟き、すやすやと幸せな寝息を立てていた。
防衛システムがあまりにも完璧すぎて、主人が起きる必要すら皆無だった。それが、現在と過去の彼らの間に横たわる、決して埋めることのできない「実力差」の切ない証明でもあったのである。




