第47話 忍び寄る影
勇者アレク率いる、かつての栄光の残滓にしがみつくパーティは、かつてないほどの集中力でダンジョンの深淵へと潜伏していた。
彼らが使っているのは、本来ならば強大な魔物から身を守り、効率的に偵察を行うための高度なスキル群だ。だが今、それらは「かつての仲間の楽園を襲撃し、略奪する」という、泥棒のそれと同質の卑劣な目的のために乱用されていた。
【隠密歩行】によって足音を消し、【気配遮断】によって生物としての波動を極限まで抑制し、彼らは影から影へと這うようにして、立ちはだかる断崖を降りていく。
不思議なことに、地下四十階層を超えても、彼らを襲う魔物の数は驚くほど少なかった。
かつてなら一歩進むごとに命を賭けた死闘が繰り広げられたはずの魔境だが、今のこのエリアは、テオとティアが定期的に行っている「お散歩(という名の、周辺の生態系バランスを整えるための圧倒的な駆除)」と、神獣の末裔であるポチが広範囲に及ぼしている「縄張り主張」によって、並の魔物は存在することさえ許されない聖域と化していた。
だが、傲慢さに目を曇らせた彼らは、この不自然な静寂の正体に気づくことはできなかった。
「へっ……やはり俺たちは天才だぜ。運が向いてきやがった。この静けさは、ダンジョンの神が俺たちに『テオを連れ戻して再起せよ』と囁いている証拠だ」
「見えるか……? おい、あれを見ろ。信じられない……」
地下五十階層。断崖の岩陰から、眼下の広大な盆地を覗き込んだ彼らは、その眼前に広がる光景に文字通り息を呑み、言葉を失った。
かつて彼らがテオを突き落とし、不毛と絶望の象徴だと思っていた荒廃した岩場。そこは今、眩いばかりの緑と生命の息吹が溢れる、地上を超えるほどの『楽園』へと完全に変貌を遂げていたのだ。
目に入るのは、整然と区画整理された広大な野菜畑。夕日に照らされたかのように黄金色に輝く、実り豊かな水田。中心には、ドワーフの技術が光る堅牢で豪華なログハウスがどっしりと構え、その脇には立ち上る湯気が心地よさそう(タコちゃんが優雅に足を伸ばしている)な、自噴の温泉施設まで完備されている。
そして、開放的な木のテラス。そこでは、テオと、彼らが血眼になって探していたエリナ、そして見たこともないほどの神秘的な美しさを湛えた銀髪の少女が、この世の贅を尽くしたお茶会に興じ、心から楽しそうに笑い合っていた。
「なっ……!! な、あ、あれは……!! エリナじゃないか!? あいつも……あいつも俺たちを見捨てて、こんな場所でテオと、仲良くしやがってののか!?」
「何よあれ……!! 信じられない!! 私たちが地上で宿代に困ってボロボロのパンを齧ってる間に、あいつらは、あんな贅沢な……!! 許せない、絶対に、許さないんだから!!」
それは凄まじい逆恨みであった。自分たちがテオを捨て、エリナを蔑ろにした結果であるという因果関係は、彼らの都合のいい脳内フィルターによって完全に削除されていた。彼らの曇った目には、自分たちの権利であるはずの富と平穏をテオが横取りし、自分たちからすべてを奪ってぬくぬくと暮らしている「厚顔無恥な悪党ども」にしか見えていなかった。
「……夜を待つぞ。奴らが寝静まった頃を見計らって、一気に襲撃をかける。テオの足を、逃げられない程度に叩き潰して拘束しろ。エリナも捕らえて、教会のやつらにでも高く売り飛ばせばいい。……あの側におる銀髪のガキも、あれだけの美形なら、闇市場で伝説級の魔道具数個分の値が付くだろう」
アレクが、月光のようなヒカリゴケの明かりに照らされて、残忍で下卑た笑みを浮かべた。
しかし、彼らは致命的なまでに、気づいていなかった。
自分たちが潜んでいる頭上の岩場、その僅かな隙間に、八つの赤い目が怪しく明滅する「機械仕掛けの蜘蛛(ロボがガントンに作らせた無線偵察ドローン)」が配置されていることに。
そして。彼らが放った卑劣な襲撃計画のすべて、その一言一句に至るまでが、完璧な高音質で記録され、即座に拠点のホストコンピュータ……つまり、激怒したティアと、かつてないほど「冷え切った」瞳をしたテオのもとへと、リアルタイムで送信されているという事実に。
彼らが夢見る「逆転劇」は、開幕する前から、既にその終幕を決められていたのである。




