第46話 地上の狂騒
テオが慈しみ育て、ポチが命懸け(?)で運び、エリナが冷徹にブランディングした『深層の恵み』こと『アンダーワールド・プレミアム・エステート』のラインナップは、王都に上陸したその瞬間に、既存の経済圏と価値観を根底から叩き潰すほどの衝撃を撒き散らした。
その効果は、もはや「奇跡」という言葉でしか形容できなかった。
長年、重い病の末にベッドで寝たきりだった老伯爵が、献上された『美容トマト』を一切れ口にした翌朝、顔のシワが消え去り、全盛期の如き軽やかな足取りで庭をジョギングし始めた。
過酷な実戦による魔力回路の酷使で、引退寸前まで追い込まれていたベテランの宮廷魔導師が、『マナ・マスカット』を一房食べただけで枯渇していた魔力源が爆発的に再生。かつての十倍以上の出力で極大魔法をぶっ放し、周囲を驚愕させた。
そんな、吟遊詩人の作り話にしか聞こえないような逸話が、目の前の厳然たる「実話」として上流階級の噂を瞬く間に駆け巡り、商品の価格はエリナが設定した五十倍という強気な初期値をさらに超え、オークションでは白金貨が飛び交う天井知らずの高騰を見せたのである。
これほどの騒動が起きれば、当然ながらその中心地である冒険者ギルドに身を置く者たちの耳にも、情報は届く。
かつて栄華を極め、今や「落ち目の象徴」となった勇者アレクのパーティも、例外ではなかった。
「深層の……野菜だと? ……ふん、笑わせるな。あそこは不毛の岩場で、魔力の毒が充満した地獄だぞ。そんな場所で、こんな宝石みたいな食い物が育つわけがない。どこかの商会が仕掛けた、質の悪いデマだ」
勇者アレクは、およそ英雄には似合わない薄汚れた酒場の隅で、安酒を喉に流し込みながら低く呟いた。
現在の彼のパーティは、もはや崩壊寸前の崖っぷちにあった。
強力だった伝説級の装備は、借金のカタとして次々と質に入れ、クエストの失敗が続いたことでギルドからの信用はゼロ。酒代や宿代にさえ事欠き、周囲の冒険者からは「あれが追放の報いか」と嘲り混じりに指を指される屈辱の日々。
そんな絶望的な状況下で、人々が熱狂する「深層ブランド」の噂。その影に、彼らが塵のように捨て去ったはずの、あの「役立たずの農民」の姿がちらつく。
「ねえ……まさか、テオが……。あの気味の悪い男が生きてるなんてこと、ないわよね? あいつが、この魔法のような野菜を……地底で作ってるなんてこと……」
「ありえないわ、ミランダ! あいつはあの時、五十階層の断崖から真っ逆さまに落とされたのよ。回復魔法もなく、防具すら纏わず。魔物の餌になったか、空腹で自分の指でもしゃぶって野垂れ死んだに決まってるじゃない!」
ミランダは震える手で自身の爪を噛みながら、自分に言い聞かせるようにヒステリックに叫んだ。
だが、今まで沈黙を貫いていた戦士ガントン(かつてテオの同僚だった男)が、市場で手に入れたという、ボロボロに傷んだキャベツの芯を握りしめながら、ポツリと、しかし確信に満ちた声を漏らした。
「……匂いがするんだよ。あいつが毎日作ってくれた、あのクソ不味い野菜スープと……全く同じ、土と太陽が混ざったような、温かい匂いが。この野菜から漂ってきやがるんだ」
一陣の静寂が、酒場の喧騒を遮って彼らの間を通り抜けた。
もし。もしテオが生きていたなら。
そして、この王都を狂わせるほどの巨万の富を生み出しているのが、あんな「端材」同然だったはずの男なら。
彼らの中に、かつての仲間意識など微塵もない、あまりにもどす黒い「欲望」と、救いようのない身勝手な論理が毒茸のように芽生えた。
「……なら、話は早い。取り返しに行こうぜ。あいつは元々、俺たちのパーティの専属パシリだったんだ。あいつが生み出す富も、知識も、すべては俺たちの許可の上にある。あいつには俺たちのために働き、俺たちを支える義務があるはずだ」
「そうだな。ちょっと挨拶に行き、今まで心配したことを伝えてやるだけだ。テオだって、独りぼっちであんな暗闇にいて、俺たちとの再会を涙を流して待ってるに違いない。作物の管理も、金の管理も、全部俺たち精鋭がやってやるのが『友情』ってもんだろう?」
彼らは自分たちの都合の良いように歪曲された「正義」を盾に、汚れた剣を磨き直し、再びダンジョンへと潜るための準備を開始した。
それが、自分たちの浅はかな人生を終わらせる、地獄への片道切符になるとも知らず。彼らは、ふかふかのベッドと高級な酒が手に入ることだけを夢想し、下卑た笑みを浮かべ合っていたのである。地底の深淵で、本物の「最強」が彼らを待ち構えていることなど、夢にも思わずに。




