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第43話 過剰生産問題

 農家にとって「豊作」は何物にも代えがたい喜びである。だが、過ぎたるは及ばざるが如し、という格言もまた真理であった。

 現在、ダンジョン農場の生産能力は、住人である四人(テオ、ティア、エリナ、ガントン)と二匹(ポチ、タコちゃん)の純粋な消費量を、物理的な限界を遥かに超えて凌駕していたのだ。


 その要因は、あまりにも重なりすぎた幸運と技術の結集にあった。

 まず、ガントンが魂を込めて作り上げた究極の農具『ハイパー・ファーミング・ホー』がもたらす、土地の生命力を強制的に活性化させる土壌改良効果。そして、ティアの緻密な天候魔法と、タコちゃんによる「一滴の無駄もない」水路管理体制。これらが完璧に噛み合いすぎた結果、畑の作物はまるで魔法の杖で増やしたかのように爆発的に増殖を続けていた。

 今や、朝に種を撒けば昼には芽吹き、翌日の夕方には瑞々しい実をつける……。農業の常識を根底から覆す、もはや「植物の形をした魔力の塊」を生産しているような状態であった。


「倉庫が……もう、一ミリの余地もないよ……」


 テオが、半ば白目を剥きながら悲鳴を上げた。

 元々のログハウスの地下倉庫は、収穫開始から数日でパンク。急遽、ロボに岩を削らせて突貫工事で作らせた第二、第三倉庫までもが、今や巨大なカボチャや米俵、熟成中の酒樽によって天井まで埋め尽くされている。

 ポチの「おやつ」として規格外の野菜を大量に放り込んでみたが、さすがの神獣(の末裔)も「もうキャベツの匂いも見たくないワン……」とばかりに、腹を上にして項垂れている。水路管理の最高責任者であるタコちゃんも、「もう胃袋がクラーケン・サイズを超えてるキュ……」と力なく足を振っている始末だった。


 かといって、丹精込めて育てた命を安易に腐らせるのは、農夫テオのプライドが断じて許さない。ティアの【時間停止】魔法によって鮮度を保ったまま保存はできるものの、もはやその保存するための「空間」そのものが、この地下拠点から消え失せようとしていた。


「このままだと、寝室まで大根に占拠される。……いっそ、捨てるしかないのかな。肥料に回そうにも、分解が追いつかないほどの量だし」

「待ってください! もったいないです! この慈愛に満ちた、生命の結晶のようなお野菜を粗末にするなんて、それは大地への、そして神への明白な冒涜ですわ!」


 テオの弱気な発言に対し、エリナがかつてないほどの剣幕で猛反対した。

 そして。彼女の、それまで「慈悲深き聖女」の光を湛えていた瞳が、一瞬にして、極めて合理的で冷徹な、そして数字に対する鋭い直感を持つ『老舗商会の令嬢』の瞳へと切り替わった。


「テオさん。これは災厄ではありません、チャンスです。この溢れんばかりの宝の山、売りましょう。それも、市場の最高値で」

「売るって、エリナ様。どこにだよ? ここは地下50階層だよ。魔物ならいくらでも来るけど、財布を持ったお客様なんて、ティアを怒らせに来る命知らずの冒険者くらいしか来ないよ?」

「地上ですわ。私に、確かな勝算のある計画があります。……ふふふ」


 エリナが、どこからともなく取り出した知的なデザインの眼鏡(実家から持ってきた、交渉時に愛用していた知的な印象を与えるための伊達メガネ)をクイッと、慣れた手付きで上げた。

 彼女の実家は、王国でも五指に入る規模を誇る超大型商会『シルバー・ムーン』。

 アレクたちに同行するため、そしてテオへの想いゆえに家出同然で飛び出してきた彼女だが、商家の娘として叩き込まれた商売の極意、そして彼女独自の秘密の連絡ルートや隠れたコネクションは、今もなお健在だったのだ。

 それに、これだけの異常な高品質、さらには食べた者の魔力上限を恒久的に引き上げたり、一時的に物理防御力を上昇させたりといった「バフ効果」付きの作物であれば、王都の貴族や、命と金を引き換えるレベルの伝説的冒険者たちが、金に糸目をつけずに買い取るはずだ。


「ブランド名は……そうですね、『深層の贈り物』では弱いですわね。より排他的な高級感を演出して、『アンダーワールド・プレミアム・エステート』で行きましょう」

「なんだか……すごく高そうな名前だね。名前だけで普通のキャベツが数倍の値段になりそうだ」

「高く売るんです。いえ、高く、かつ『選ばれた者しか口にできない』という特権階級の物語ストーリーを付加して販売するのです。……ふふ、ふふふ、くっくっくっ」


 エリナの眼鏡のレンズが、ギラリと不吉な輝きを放った。いつの間にか彼女の瞳の奥には、金貨が積み上がっていく幻覚(あるいは計算結果)が見えているようだった。

 聖女様、意外と……いえ、実は相当な守銭奴、もとい『商売の天才』であった。

 テオは、かつて彼女に治癒魔法をかけてもらった時とは違う種類の、背筋が凍りつくような冷や汗が流れるのを感じつつも、彼女の頼もしい背中を見送るしかなかった。

 こうして、地下50階層の静かな農場は、突如として王都の経済すらも揺るがしかねない「巨大な流通拠点」へと変貌を遂げようとしていたのである。


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