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第44話 聖女の商才

 エリナが立案した「在庫処分兼・大規模外貨獲得作戦」の全容は、あまりにも緻密で、かつ実戦的なものだった。

 まず物理的な輸送については、農場最速かつ最強の脚力を誇るポチが担う。

 ポチに、テオの畑から収穫された鮮度抜群の作物を詰め込み、地下三十階層付近にある隠された「セーフティゾーン」まで運ばせるのだ。そこには、エリナがかつて聖女として慈悲をかけた、義理堅くも腕の立つソロ冒険者の女性が待機している。彼女との間で荷物の受け渡しを行い、地上への最終的な運搬を委託する。

 この巧妙なリレー方式を利用すれば、テオたちが五十階層という未踏の深淵に拠点を構えているという正確な情報は決して漏れず、かつ安全に、かつ迅猛に商品を市場へ流すことが可能となる。


「名付けて、『聖なる疾風・フェンリル宅急便』作戦ですわ!」

「……ネーミングはともかく、計画自体は完璧だね。ポチの圧倒的な機動力と戦闘力なら、中層程度の魔物に襲われたところで、荷物の重荷にすらならないだろうし」

「ワフッ!!(任せて! 配達員として、一粒の果実も傷つけずに届けてみせるワン!)」


 ポチは、ガントンとロボが総力を結集して作り上げた、耐衝撃・自動調温・魔法障壁機能付きの超特大デリバリーリュックを背負い、誇らしげに胸を張った。

 しかし、エリナの真の恐ろしさは、単なる物流網の構築だけでなく、その「商品戦略マーケティング」の苛烈さにあった。彼女は、単に余った野菜を安売りするのではなく、テオの作物が持つ「常識外の追加効果バフ」を最大限に利用した、超高付加価値商品のブランディングを瞬時に完了させていたのだ。


 まず、美貌を命とする貴族の奥様方や社交界の華たちには、食べるだけで肌に潤いが戻り、全身の魔環が整うことで見た目年齢が十歳若返るという究極のアンチエイジング食材『聖なる紅玉・リバイバル・トマト』。

 次に、命を賭してダンジョンに潜る第一線の戦士や騎士団員向けには、数分間、一時的に筋力を一段階ブーストし、かつ傷の治りを早める『金剛の息吹・パワーニンニク』、および疲労物質を魔力に変換してスタミナを瞬時に全回復させる『不退転の緑豆・エナジー枝豆』。

 そして魔導士や学員向けの目玉商品は、枯渇した魔力を急速に再充填する、甘美な香りの『賢者の雫・マナ・マスカット』と、瞑想の際に入る「ゾーン」の時間を大幅に延長させる『深淵の静寂・ハーブティー』。

 最後に、一国の王や大司教といった文字通りのトップ層のみに提供される、限定ナンバー入りの最高級清酒『深淵の雫・天上の絶唱』。


「……それで、エリナ様。……値段設定はどうするの? ギルドで普通に売られている一等品の、二、三倍くらい?」

 テオが恐る恐る尋ねると、エリナは優雅に眼鏡を中指で押し上げ、花の咲くような美しい微笑みと共に、震撼すべき数字を口にした。


「いいえ。通常市場価格の……そうですね、最低でも『五十倍』からをスタートラインに設定いたしますわ。もちろん、希少性に応じてオークション形式も取り入れます」

「ご、五十倍……!? それは、さすがにぼったくりを通り越して、もはや新興宗教の勧誘レベルじゃないか?」

「いいえ、テオさん。これは至極真っ当な『適正価格』です。本来なら、高ランクの魔石を数ダース消費する最高級ポーションや、人生を半分捧げなければ習得できない秘奥義に匹敵する効果が、たった一口『美味しく食べるだけ』で得られるのです。命と、力と、そして二度と戻らない若さを、たった数枚の金貨で買えると思えば……これでも安すぎるくらいですわ」


 エリナが背負う背景バックグラウンドに、黒い翼のような神々しくも禍々しいオーラが見えた気がした。

 聖女の慈愛が、いつの間にか「資本主義という名の究極の暴力」へと昇華されていた。

「お、恐ろしい娘じゃ……。わしもかつて国一番の強突ごうつく張りな商人と取引したが、こいつの放つ『むしり取ってやる』という殺気は、あいつらの比ではないわい……」

 ガントンがハンマーを抱えたままガタガタと震えている。

 こうして、伝説の『深層ブランド』が、歴史上初めて地上へと静かに、かつ確実に侵攻を開始するための準備が整った。

 それは同時に、地上の勇者パーティや教会に、自分たちが生き延び、以前よりも遥かに強大になっていることを悟らせる「宣戦布告」に近い危険な側面も持っていたが……。今のテオたちには、それを力でねじ伏せる実力と、そしてこれから手にするであろう膨大な「財力」という名の、もう一つの最強の武器が備わろうとしていた。


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