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第42話 酔いどれ精霊

 農場の夜を彩る『深淵の雫』の試飲会は、ガントンの絶賛と聖女エリナの底知れぬ飲酒能力の発覚によって、大いに盛り上がりを見せていた。

 しかし、その中で唯一、極めて深刻かつ微笑ましい「問題児」が誕生していた。

 それは、このダンジョンの支配者であり、精霊種としての崇高な魂を持つはずの少女――ティアだった。


「お主ら、我を子供扱いするなと言っておろぉが! 我はこれでも数百年の時を生きるマスターなのじゃぞ! エルフのガキが飲むような安酒などいらん! その透明な強いやつ……テオ、それを我の杯(というか茶碗)に注がんか!」


 見るからに12歳前後の幼い少女の姿をしたティアが、頬を膨らませて猛抗議する。テオは「精霊にアルコールは毒なんじゃ……」と心配したが、「精霊の肝臓を舐めるなぁぁ!」という彼女の声に押され、ほんの少量を差し出した。

 ティアは誇らしげに鼻を鳴らし、日本酒をグイッと煽った。……その、わずか数秒後のことである。


「うぃ~~……テオぉ~~。おかわりぃ……」


 一合どころか、お猪口一杯分も飲み干さないうちに、ティアは完全に「出来上がって」いた。

 顔は完熟したトマト……あるいは茹で上がったタコのように真っ赤に上気し、高貴な威厳に満ちていたはずの金色の瞳はとろんと濁り、焦点が全く合っていない。そして最悪なことに、彼女の酔い方は「超弩級の絡み酒」であった。


「お前はぁ……。いつもいつも、畑のキャベツとかぁ、泥だらけのナスばっかり見てぇ! 収穫だの連作障害だの、そんなことばっかり話してぇ! ……もっと我を見ろぉ! 我はここにおるのじゃぞぉ!」

「はいはい、見てるよ、ティア。ほら、お水飲んで落ち着こうね」

「嘘だぁぁッ! さっきもナスの煮浸しを食べながら『ああ、なんて色艶が良いんだ、愛してるぞナス』って顔してただろぉ!? ナスと我、どっちが大事なのだー! 答えろ、この野菜変態ー!」

「そんな、ナスの嫉妬されても困るんだけど……」


 ティアは千鳥足でテオに詰め寄ると、抵抗するのを許さないほどの唐突な素早さで、彼の膝の上にドカッと乗り込み、そのまま首にギュッとしがみついた。

 普段の「我は崇高な龍族の末裔であり……」といったツンケンした態度は、アルコールの前に完全に粉砕・消滅。残ったのは、寂しがり屋で独占欲の強い、甘えん坊すぎる一人の少女であった。

 さらに困ったことに、彼女の魔力制御が酩酊により緩んでいる。彼女が笑えば周囲に極小の光の精霊が舞い踊り、不満を漏らせば足元から綿菓子のような不自然な雲が湧き上がり、テオにすり寄るたびに甘い花の香りが部屋中に満ちていく。


「テオは我の……。我が見つけた、最高に面白い『おもちゃ』なのじゃ……。誰にもやらん。あのポチにも、鼻の下を伸ばしている不届きな聖女にも、一ミリだって貸してやらんぞぉ……。独り占めじゃ……。テオの膝は暖かいのう……」


「あらあら、ティアちゃん。酔っ払って本音が出ちゃいましたね? でも、テオさんは農場のみんなの、そして人類の宝物ですわよ?(暗黒の微笑み)」

 大量の酒を飲み、顔色一つ変えずに杯を重ねるエリナが、恐ろしく涼やかな声で参戦する。

「むー!! うるさーい! エリナ、お前は聖水でも飲んで寝ておれ! テオは……テオは我が、この手で開墾したのじゃ……!」

「僕は土地じゃないんだけどな……」


 ティアはそう叫ぶと、テオの胸板に顔を深く埋め、彼の作業着から漂う「土と太陽の匂い」をスーハーと深呼吸。そのまま、幼児のような無邪気な満足感を浮かべながら、数十秒後には「すぴー、すぴー」と規則正しい寝息を立てて眠りに落ちてしまったのだ。

 テオは身動きが取れず苦笑いしながらも、腕の中で丸まった彼女の柔らかな髪を、そっと優しく撫でてやった。


 あくる朝。

 宿命の如き猛烈な二日酔いに襲われ、頭を抱えて呻きながら目覚めたティア。

 彼女は昨夜の恥ずかしすぎる失態の記憶を、幸運にも(あるいは自身の防衛本能により)綺麗さっぱり完全に失っていた。

「な、な、な、なんで……なんでテオが私の寝所(※ティアがテオを離さなかったので、そのままベッドまで運んだのだ)の横で添い寝……じゃない、椅子に座って寝ているのだ! 痴れ者が! 死刑じゃぞ!」


 大騒ぎになったのは言うまでもない。

 そして「酒など二度と飲まん、呪われし毒水め!」と地面を叩いて誓ったはずの彼女だったが。

 その日の夜。

 テオが作った「冷え冷えの果実ソーダ(少量の酒入り)」の美味しさに抗えず、「これは……これは、昨夜の毒を中和するための『迎え酒』という正当な行為じゃ!」と自分に言い訳をしながら、再びグラスを手に取るのであった。

 プライドよりも食欲と快楽が勝ってしまう、ダメなマスター(兼精霊)の見本がまた一人、地底に誕生した瞬間だった。


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