第39話 大豆の変身(味噌と醤油)
お米が手に入った。
美味しい白米を目の前にすれば、次に日本人が欲しくなるのは当然「ご飯のお供」だ。
塩むすびも素材の味がして美味しいが、やはり、温かい「味噌汁」がないと朝が始まらない気がする。
テオの食への飽くなき探求心と野望は尽きない。
「味噌汁が飲みたい。どうしても飲みたい。夢に出てくるんだ」
「ミソ? なんだそれは。新しい魔法薬か? 呪術の儀式か?」
テオのうわ言に、ティアが不審そうな顔をする。
無理もない。この異世界において、大豆(豆類全般)は、主に家畜の飼料か、せいぜいスープに入れて柔らかくなるまでひたすら煮るくらいで、「発酵させる」という高度な食文化が一般的ではないのだ。
「違うよ。大豆を蒸して潰して、麹と塩を混ぜて、樽の中で発酵させるんだ」
「発酵? ……それって、要するに放置して腐らせるということか? わざわざカビを生やすのか? 正気か?」
「違うよ! 菌の力でタンパク質を分解して、旨味を引き出すんだ! カビはカビだけど、人間に良い働きをする『良いカビ』なんだ! 僕を信じて!」
テオは必死に力説したが、ティアとポチは半信半疑だ。エリナだけが「テオさんがそう言うなら、きっと美味しいに違いありません……たぶん……もしお腹を壊したら私が治癒しますね」と、ギリギリの信頼を見せている。
それでも、テオは強行した。我慢できなかったからだ。
幸い、ダンジョン内には多種多様な菌類が生息している。テオの【品種探知】スキルを菌類探索モードでフル稼働させ、湿地帯の奥深くで、日本の『アスペルギルス・オリゼー』に近い黄色いカビ、「コウジカビ(ダンジョン変種)」を発見することに成功した。
蒸した大豆に、お米で作った米麹をたっぷりとまぶし、濃いめの塩水と混ぜて樽に詰め込む。
醤油も同様に、炒った小麦と大豆で仕込む。
あとは、本来なら半年から一年、じっくりと寝かせるのだが……今のテオにはそんなに待っていられない事情(食欲)がある。
「ここで【時間短縮】の出番だ!」
テオは自分では使えない時間魔法の代わりに、ダンジョンの「熟成促進エリア」を利用することにした。そこは時間の流れが局所的に歪んでおり早いため、以前見つけたときは「迷子になったら老人になって死ぬ危険な場所」だと思っていたが、ワインやチーズ、そして味噌の熟成にはうってつけの場所だ。
数日後(体感時間で半年分)。
「……うっ」
エリアの前を通ったティアが、鼻をつまんで顔をしかめた。
「おいテオ! なんか、独特な匂いが漂ってるぞ! 酸っぱいような、香ばしいような……やっぱ腐ってるんじゃないか!? 失敗だろ! 捨ててこい!」
「ワンワン!(くさい! 鼻が曲がる! 敵襲か!?)」
嗅覚の鋭いポチも尻尾を巻いて逃げ出した。
だが、テオはその匂いを深呼吸して胸いっぱいに吸い込み、恍惚とした表情を浮かべていた。
「成功だ……間違いない、この芳醇な香り! 故郷の香りだ!」
恐る恐る樽の蓋を開けると、そこには褐色のペースト状の物体――完璧な味噌が完成していた。
見た目はアレだが、指ですくって舐めると、濃厚な旨味と塩気、そして大豆の甘みが口いっぱいに広がった。
「んんーっ! これこれ! この味だよ! 体に染み渡る!」
隣の樽には、透き通った黒い液体――醤油もできている。絞りたての生醤油だ。
「これで……これで日本の完璧な朝食が再現できる!」
「ほ、本当にそれを食べるのか? お前が実験台だぞ?」
「見ててよティア。明日、世界が変わるから。君の常識もひっくり返るから」
テオは自信満々に予告した。
翌朝の食卓が、革命の舞台となることを確信していた。味噌汁一口で、彼女たちを虜にする自信があった。




