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第35話 頑固親父と野菜

「帰れ! 何度言ったらわかるんじゃ! わしは武器職人じゃ! 高貴な騎士や英雄のための剣を打つのが仕事じゃ! 農具なんぞ打つ暇はない!」


 少しだけ職人としての魂が共鳴し合えたかと思ったが、ガントンはやはり筋金入りの頑固親父だった。

 彼はここで、一生に一度打てるかどうかの究極の一振り、「神殺しの剣」を作るために、数十年もの間、世捨て人のように一人で籠もっていたのだ。

 俗世との関わりを断ち、己の技を磨くためだけに生きる。

 たかがクワ一本のために、その貴重な時間と、研ぎ澄ませた精神と魔力を浪費したくはないと言う。

 ごもっともな意見だ。反論の余地がない。

 でも、テオもここで引き下がるわけにはいかない。クワがなければ、みんなの食卓を守れないのだ。


「そうですか……残念です。お代として、今日採れたての枝豆と、僕が試行錯誤して醸造した特製ラガービール(試作品)をお渡ししようと思ったんですが」

「ビールだと?」


 ガントンのピクリと動いた。いや、正確には髭に埋もれた耳が動いた。

 ドワーフといえば酒。酒といえばドワーフだ。彼らの血液はアルコールでできており、酒がないとハンマーを振る力が出ないと言われるほどだ。

 しかし、こんな物資の届かない深層に、まともな酒があるはずがない。ガントンもここ数年、自分でキノコや苔を醸した酸っぱいモドキ酒か、泥水をすするような禁欲的な生活をしていたはずだ。喉は砂漠のようにカラカラのはず。


「ふん、騙されんぞ。どうせ麦汁を少し発酵させただけの、温くて濁った腐ったような代物じゃろう。そんなものでわしの黄金の舌は騙せん」

「まあ、そう言わずに。味見だけでも」


 テオはマジックバッグから、直前まで氷結魔法でキンキンに冷やしておいた巨大なガラスジョッキと、茹でたての緑鮮やかな枝豆(ダンジョン産、粒がエメラルドの宝石のように大きい)が山盛りに入った皿を取り出した。

 ポンッ、という良い音と共に栓を抜き、ジョッキに注ぐ。

 トクトクトク……。

 黄金色の液体が注がれ、その上にはクリーミーできめ細かい純白の泡が、まるで初雪のようにこんもりと乗る。

 ジョッキの表面には瞬時に白い結露がつき、その冷たさを物語っている。

 シュワワ……パチパチ……という炭酸の弾ける音が、静まり返った熱い洞窟に、あまりにも魅惑的に響き渡る。


「……ごくり」


 ガントンの喉仏が大きく上下し、生唾を飲む音がはっきりと聞こえた。

 テオは無言で、悪魔的なまでの営業スマイルと共に、ジョッキを目の前に差し出した。

 ガントンは震える手でそれを受け取り、葛藤に歪んだ顔をしていたが、本能には勝てなかった。


「い、一口だけじゃぞ……!」


 ジョッキに口をつける。

 そして、我慢できないというように一気に煽った。


 グビッ、グビッ、グビッ、グビッ……プハァァァーッ!!


「う、美味いッ!! なんじゃこりゃあ!?」


 ガントンの目が飛び出しそうなほど見開かれた。


「キレがある! 舌を刺すような心地よい刺激! 鋭い苦味! それでいて麦の深いコクと甘みが広がる! 喉越しがまるで雪解け水の急流のようじゃ! わしが今まで飲んでたのは泥水じゃったのか!? いや、これは神のネクタルか!?」

「おつまみの枝豆もどうぞ。こちらの岩塩を強めに振ってあります」


 テオがすかさず皿を差し出す。

 ガントンは鞘から押し出すように豆を口に放り込んだ。

 プリッとした食感、広がる豆の甘みと強めの塩気。

 「うぐぅぅぅ!」と唸り声を上げ、またビールを煽る。

 塩気の効いた豆と、冷たいビールの相性は最強だ。もはや暴力的なまでの無限コンボだ。

 頑固一徹だった職人の仏頂面が、みるみるうちに赤く染まり、雪だるまのように蕩けていく。


「……おい、若造。いや、テオ様」

「はい」

「これ、毎日飲めるのか?」

「うちの農場に来れば、毎日飲み放題ですよ。ビールサーバーも開発中ですし、お米が取れたら日本酒も、ブドウができたらワインも仕込みます」

「日本酒……ワイン……夢のようじゃ……」


 ガントンは愛用の金槌を放り投げ、テオの両手をガシッと握りしめた。ミスリルを叩く腕力は凄まじく痛い。


「契約成立じゃ! わしの魂、いや人生、これからの余生、すべてお主に預けよう! クワでもスキでも、トラクターでも戦車でも、魔導兵器でもなんでも作ってやるわ!」

「あ、戦車はいりません。……でも、トラクターはちょっと欲しいかも」


 こうして、数十年誰も説得できなかった伝説の鍛冶師は、ビール一杯と枝豆一皿の誘惑に惨敗し、あっさりと陥落した。

 チョロいのはこの世界の強者の共通仕様なのだろうか。

 ともあれ、テオは最強の専属鍛冶師を手に入れたのだった。


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