第34話 鉄の音
その力強く正確な打撃音は、地下55階層にある広大なマグマ溜まりの近くから聞こえていた。
テオとポチ(このエリアは人間にはあまりに危険で熱すぎるため、エリナとティアはお留守番)は、額から流れ落ちる滝のような汗を拭いながら、陽炎の揺れる熱波の中を進んだ。
周囲はドロドロに溶けた赤熱する溶岩が川のように流れ、鼻を突く強烈な硫黄の臭いが立ち込めている。
普通の人間なら数分で脱水症状を起こし、意識を失うレベルの極熱地獄だが、テオは日頃から栄養満点のダンジョン野菜を食べているおかげで異常なスタミナと環境適応能力(熱耐性)がついているので平気だ。ポチも【火属性無効】の伝説級の毛皮を持っているので、少し暑そうに舌を出してはいるが、涼しい顔をして歩いている。
「……ここだ」
音の出処は、切り立った黒い黒曜石の岩壁に無造作に掘られた、小さな横穴だった。
入り口には、黒焦げになった木板に、殴り書きのような文字で「立入禁止」「弟子取らん」「冷やかしお断り」「借金取り帰れ」「ドラゴンお断り」と書かれた看板が乱暴に立てかけられている。
中から、もわっとした熱気と共に、雷のような怒号がつんざいた。
「誰じゃ! わしの神聖な仕事場に土足で踏み込む命知らずの馬鹿者は! 灰になりたいのか!」
ドラム缶のような足音と共に現れたのは、身長140センチほどの小柄な老人だった。
しかし、その体は岩そのもののように堅牢で筋肉質だ。丸太のような太い腕には血管がミミズのように浮き出ており、エプロンからはみ出した胸板は鋼鉄のように分厚い。
長く伸びた白髭は熱で焦げて毛先がチリチリになり、頭には遮光ゴーグルを装着し、手には自分の身体ほどもある巨大なミスリル製のハンマーを軽々と持っている。
ドワーフだ。生粋のドワーフ族だ。
しかも、その厳つい顔には見覚えがあった。
「ま、まさか……『神の金槌』ガントンさん……ですか?」
かつて王国の筆頭鍛冶師を務め、国王の持つ国宝級の聖剣をも打ったと言われる、伝説の名工。
数十年前に「最高の一振りを打つための場所を探す」と言い残して忽然と姿を消し、巷ではすでに死亡説まで流れていた歴史上の人物が、こんな世界の底にいたのだ。
「ふん、いかにもわしがガントンじゃが? サインならやらんぞ。忙しいんじゃ、さっさと帰れ! シッシッ!」
ガントンは巨大なハンマーをブンと振って威嚇した。風圧だけで熱風が巻く。
ポチが「ヴゥーッ!」と低く唸ってテオを庇うが、ガントンは全く怯まない。
むしろニヤリと笑い、「ほう、いい毛並みのフェンリルじゃ。その毛皮、防熱防具の素材にすれば高く売れそうじゃのぅ」と不敵に言い放つ。
とんでもない肝っ玉だ。
「あの、サインじゃなくて……お願いがあるんです」
テオは殺気にも怯まず、一歩前に出て、愛用のクワを差し出した。
亀裂の入った、ボロボロのクワを。
「これを、直してほしいんです。お願いします」
「はんっ、修理じゃと? わしはもう王侯貴族の剣しか打たん……」
ガントンは鼻で笑って追い返そうとしたが、手渡されたクワを見た瞬間、その目つきが鋭く変わった。
職人の目だ。
懐からルーペを取り出し、食い入るように刃の亀裂や摩耗具合を見つめる。指先で刃を弾き、音を確かめる。
「……なんじゃこれは。元はただの量産品の安物鉄クワじゃが……酷使のされ方が尋常ではない。何千回、何万回と、魂を込めて土に打ち下ろした形跡がある。それに、硬い岩盤を砕き続け、高密度の魔力を通されすぎて、金属の組成そのものが変質しておる。……おい若造、お主、これで何をした?」
「ただの農業です。ちょっと岩とか魔獣とかも耕しましたけど」
「農業で岩を砕く奴がおるかッ!! あと魔獣は耕すもんじゃないわッ!!」
ガントンの鋭いツッコミが洞窟内に響き渡った。
だが、その目には呆れと共に、確かな好奇心と、そして同業者に向けるような少しだけの敬意が宿っていた。
道具を極限まで使い込んだ者だけが到達する境地。それを理解できるのは、同じく道を極めた職人だけだ。
二人の間に、目に見えない奇妙な共感が生まれた瞬間だった。




