第32話 黄金の波(収穫)
ダンジョンの環境は特殊だ。
地下深くにあるため季節感はなく、日照時間もヒカリゴケに依存する。だが、ここには地上の比ではないほど潤沢な魔力が大気中に充満しているため、植物の光合成や細胞分裂の速度が通常の数倍から数十倍になる。
加えて、テオの【成長促進】スキルと、ティアの徹底した温度管理、タコちゃんの24時間体制の完璧な水管理のおかげで、稲は誰も予想しなかった驚異的なスピードで成長した。
田植えからわずか数週間。
かつて緑色だった水田は、今や見渡す限りの黄金色に染まっていた。
「……すごい。本当に金色の海だ」
たわわに実った稲穂が、その重みで深く頭を垂れている。
ヒカリゴケの青白い光と、稲自身の生命力の輝きが混ざり合い、それらは本当に黄金の海のように、風を受けてザザァ……と音を立てて波打っていた。
豊作だ。誰がどう見ても大豊作だ。
「これがコメか……美しいな。宝石のように輝いておる。食べるのが惜しいくらいだ」
「なんだか、神々しいですね。この一粒一粒に命が詰まっているんですね」
「ワンワン!(いい匂い! 早く食べたい! 待てない!)」
ティア、エリナ、ポチもその圧倒的な豊穣の光景に見惚れている。
テオは震える手で、稲刈り用に刃先を変形させた愛用のクワ(鎌モード)を握った。
「さあ、収穫だ! 一粒も残さず、大地と自然に感謝して刈るぞ!」
「「おー!!」」
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ。
小気味良い音が地下空洞にリズミカルに響き渡る。
刈り取った稲を束ねてハザ掛けにし、乾燥させ、脱穀し、籾摺りをして、最後に精米する。
これらの気の遠くなるような多段階の工程も、テオの【加工】スキルとロボの驚異的な精密作業速度、そしてエリナの風魔法(風選別で籾殻を吹き飛ばす)の完璧な連携プレイで、一気に進められた。
そして遂に。
炊きたてのご飯と対面する、運命の瞬間がやってきた。
即席のかまどの上には、ティアが土魔法で作った特製の土鍋が鎮座している。
すでに蒸気の吹き出し口からは、白い湯気がシュンシュンと勢いよく吹き出し、たまらない香りを漂わせている。
「いくよ、みんな。準備はいいかい? せーのっ!」
テオが重い土鍋の蓋に手をかける。
パカッ。
ふわぁぁぁ……!
蓋を開けた瞬間、爆発的な白い湯気が立ち上り、甘く、芳醇で、どこか懐かしい香りが部屋中に広がった。
湯気の向こうに現れたのは、ツヤツヤと光輝く、炊きたての銀シャリだった。
お米の一粒一粒がしっかりと立ち上がり、互いに寄り添いながら、まるで宝石箱の中の真珠のように白く輝いている。
カニ穴もしっかりできている。完璧な炊きあがりだ。
「……いただきます」
テオは震える手で、熱々の塩むすびを一つ握った。具なんていらない。塩だけで十分だ。
一口、大きくかじる。
ハフハフ。
熱いご飯を口の中で転がし、噛みしめる。
「んんっ……!」
粘りのある食感、噛むほどに溢れ出す濃厚な甘み、そして鼻に抜ける香ばしい香り。
涙が出た。
甘い。
ただの白米なのに、どんな高級なフルコースよりも深く、力強く、魂を揺さぶる味がする。
日本人のDNAが歓喜の歌を歌い、全身の細胞が喜びで震えている。
前世の記憶、そしてこの世界に来てからの苦労、追放された悔しさ、それら全てが、この一口に報われ、浄化されていく気がした。
「て、テオ! 自分だけズルいぞ! 我にもくれ! 早く! 涎が止まらん!」
「私も! 私も一口ください! ああん!」
「ワンッ! ワフッ!」
我慢しきれない二人に手渡すと、彼女たちも一口食べた瞬間、目を見開いて絶句し、次の瞬間には無言で貪り始めた。
言葉はいらない。
ただ「美味しい」という圧倒的な事実だけが、そこにあった。
こうして、ダンジョン農場に「お米」という最強にして最高の武器が加わり、彼らの食卓は新たなステージへと進化したのだった。




