第31話 田植えと魔法
水田が碁盤の目のように整い、いよいよ田植えの時が来た。
苗床で仮植えして育てておいた早苗は、鮮やかな緑色をしていて、強い生命力に満ちている。
これを一本一本、腰を曲げて手作業で等間隔に泥に挿していく……というのが一般的な田植えだろう。
しかし、そんな悠長なことはしていられない。時は金なり、いや、時は食欲なりだ。
広大な水田には、数千、いや数万株の苗が必要だ。
手作業でやっていたら日が暮れるどころか、僕の腰が爆発して再起不能になってしまう。ヘルニアは御免だ。
「スキル発動、【早苗植え・乱れ撃ち】!」
テオが空中に苗の束を、まるで手品のように放り投げた。
宙に舞う数百本の苗。それはまるでスローモーションのように空中に留まる。
そして、両手刀で目にも止まらぬ速さで空気を切る。
ヒュヒュヒュンッ!
すると、テオの指先から放たれた魔力の糸に導かれるように、空中の苗たちはまるで意思を持った緑の矢となって飛んでいき、水田の泥の中に「シュッ、シュッ、シュッ!」と次々に突き刺さっていった。
一分の狂いもなく、完璧な等間隔で整列している。
深さも角度も完璧だ。深すぎて成長を阻害することもなく、浅すぎて浮いてしまうこともない。まさに神業的な植え付け技術。
「な、なんだその曲芸は!? もはや農業ではないぞ! それは遠隔操作に近い高度な技術だ! 戦闘にも使えるのではないか?」
「農家の基本スキルだよ(※違います)。数をこなすと、最終的にこうなるんだよ。腰を守るための人類の進化だね」
ティアが杖を取り落としそうになるほど驚き、目を丸くして絶句している横で、テオは止まらない。
次々と苗を放り投げ、乱れ撃つ。
あっという間に、茶色い泥の水面が一面の鮮やかな緑色に染まっていく。
一方、ティアの仕事は水温管理だ。
ダンジョンの地底湖の水は、そのままだと少し冷たすぎる。稲の成長には、もっとポカポカした温かい水が必要だ。
「我が魔力よ、水の精霊に命ず! 凍える水に慈悲深き太陽の温もりを与えよ! ウォーム・ウォーター・コントロール!」
ティアが優雅に杖を振ると、水田の水面から白い湯気がふわりと立ち上り、全体がほんのりと温かくなった。
温泉と間違えそうな、最高に心地よい湯加減だ。
さらに、タコちゃんが水中に潜り、8本の足をプロペラのように回転させて優しく水を撹拌し、酸素を根元まで行き渡らせると同時に、淀みによる底冷えや根腐れを防ぐ。
エリナは水田の四隅に聖水を撒き、聖なる祈りを捧げて【豊作祈願】と【害虫退散】、そして【病気平癒】の強力な永続バフをかける。
全ての工程が、常識ではありえないレベルの魔法とスキルの結晶だった。
植えられたばかりの早苗たちは、その強力なバックアップを受けて、目に見える速度で根を張り、茎を太らせ、葉を広げていった。
「よし、これで第一段階終了だ!」
泥だらけの手を洗いながら、テオは完成したばかりの水田を見渡した。
見渡す限りの緑の絨毯。
地下からの風が吹くと、さわさわと葉が擦れ合い、緑の波が揺れる。
かつて日本で見た懐かしい田園風景が、この異世界の、しかも地下50階層の深淵に完全再現されたのだ。
その光景だけで、テオは胸が熱くなり、少しうるっときていた。
「どう? 綺麗でしょう?」
「うむ……悪くない。ヒカリゴケの青白い光を受けて輝く緑は、地上のどんな宝石や宝物庫よりも美しいかもしれん」
「はい。見ているだけで、心が洗われるようです。生命の息吹を感じます」
ティアもエリナも、泥んこのまま素直に感嘆の声を上げた。
これから毎日、この緑が金色に変わるまで、みんなで見守っていくのだ。
それは、魔王を倒すことよりも、どんな秘宝を探すことよりも、ずっとワクワクする冒険の始まりだった。




