第30話 大規模土木工事(水田作り)
種もみとなる野生の稲、豊富な水源、そして強力な管理者が揃った。
いよいよ本格的な田んぼ作り(開墾)の開始だ。
選んだ場所は、地底湖のすぐ隣に広がる平坦な湿地帯。ここなら簡単な水路工事で水を引くことができるし、排水も容易だ。
「まずは草むしりと、邪魔な石の徹底的な除去からだ! ここは元々が粘土質だから、しっかり土を練って畔を作れば、水漏れしない立派な田んぼになるぞ!」
「はい! 頑張ります! 泥遊びですね!」
テオの指揮の下、聖女エリナも真っ先に袖をまくり、長いスカートの裾を結んで、ためらいなく泥の中に入っていく。
純白だった聖衣があっという間に泥と苔で茶色く染まるが、彼女は全く気にしていないどころか、楽しそうだ。
「美容に良い泥パックだと思えば、なんてことありません! それに、こうやって無心で泥遊びをするなんて、子供の頃以来です! ストレス発散になります!」
「たくましいな……王都の貴族や神殿の司祭が見たら卒倒しそうだけど」
「ここでは私はただの『エリナ』ですから! 聖女の仮面は脱ぎ捨てました!」
エリナの天真爛漫な満面の笑顔に、テオもつられて笑う。
一方、ティアは最初「汚れるのは嫌だ、王族であるぞ。泥などは下民の触るものじゃ」と渋っていたが、「美味しいごはんのためだ。お米ができれば、あの『おにぎり』や『リゾット』、それに『パエリア』や『ドリア』が食べ放題だぞ」とテオに説得され、しぶしぶ参加した。
風魔法で泥を吹き飛ばそうとして、風圧で逆に泥が跳ね返って自分にかかるというお約束を披露しつつも、文句を言いながら頑張っている。
「ぬわーッ! 顔にかかった! テオ、責任を取れ! もっと美味い飯を作れ!」
そして、ここでもっとも活躍したのは、やはり新入社員のタコちゃんだった。
彼は8本の太い足を、まるで高性能な重機のアームのように自在に操る。
人間では持ち上げられないような邪魔な巨岩を軽々と持ち上げて退け、デコボコした地面をローラー車のように押し固めて平地を作っていく。
さらに、足をドリルのように高速回転させて、硬い地面を掘削し、水路を一瞬で開通させる。
「すごい! 重機並み……いやそれ以上だ! スーパー・コンストラクション・クラーケンだ!」
「キュイ!(任せとけ! こんなの朝飯前だぜ! もっと褒めていいぞ!)」
「タコちゃん、そこの深さはあと10センチ掘り下げて! 水勾配をつけたいから!」
「キュ!(了解! ミリ単位で合わせるキュ!)」
テオの細かい指示にも、タコちゃんは完璧に応えてくれる。意思疎通もバッチリだ。
テオも負けていられない。
愛用のクワを握りしめ、固有スキル【耕す】を全開にする。
湿った重い泥土を高速で撹拌し、空気を含ませ、稲の根が張りやすいフカフカの土壌へと変質させていく。
通常なら数十人の大人数で数ヶ月かかるような大掛かりな開墾作業が、この規格外のチート集団の手にかかれば、見る見るうちに進んでいく。
数日後。
そこには、かつての薄暗い湿地帯の面影はなく、碁盤の目のように整然と区切られ、なみなみと水が張られた美しい水田が広がっていた。
静かな水面には、天井のヒカリゴケの明かりが星空のように映り込み、幻想的な風景を作り出している。
「できた……これが、僕たちの田んぼだ」
テオは泥だらけの顔で、汗を拭いながら満足そうに頷いた。
隣のエリナも、ティアも、みんな泥んこだが、その目は達成感に輝いていた。
自分たちの手で荒野を拓き、食糧を作る基盤を築く。
その原始的だが強烈な喜びが、彼らの絆をより深く、強固なものにしていた。
「さあ、泥を落として、お風呂に入ろうか。その後は宴会だ!」
「賛成! 今日はタコちゃんも一緒にお風呂(湖)だね」
「キュイ!」
その夜、疲れ切った体で食べる夕食は、いつもより格別に美味しかった。
テーブルにはまだお米は並んでいないけれど、近い将来、ここに山盛りの白いご飯が並ぶことを想像すると、それだけでお腹がいっぱいになるような気がした。明日への活力が湧いてくるのだった。




