第29話 タコちゃん就職
10本の新鮮なキュウリと5本の艶やかなナスを献上したところで、ダンジョンの湖の主・クラーケンとテオたちの間には、種族を超えた堅い友情(と主従関係)が芽生えていた。
名前は、その見た目とテオのネーミングセンスにより「タコちゃん」になった。
ティアは「安直すぎる! もっと『深淵の海王』とか、『絶望の触手王』とか、魔界の覇者らしい威厳のある名前をつけるべきだ!」と文句を言ったが、本人は「キュイキュイ!(気に入った! 呼びやすいし可愛い!)」と足をパタパタ振って喜んでいたので決定だ。
「さて、タコちゃん。早速なんだけど相談があるんだ。君にしかできない重要な仕事がある」
テオは岸辺の岩場に腰を下ろし、真剣な表情で本題に入った。
タコちゃんは触手の一本で器用にキュウリを持ち、カリカリと小気味よい音を立てて齧りながら聞いている。
「この湖の水を使って、お米……この辺の湿地に生えてる『白い実がなる草』を育てたいんだ。君に手伝ってほしい」
「キュ?(草? あんなのが欲しいのか? あんなの美味しくないぞ)」
「そう。これなんだけど」
テオが湖の浅瀬で見つけた、自生している野生の稲の穂を見せる。
それは穂が小さく、少し触れるだけで実がパラパラと落ちてしまう脱粒性の強い野生種に近いものだったが、品種改良すればきっと美味しいジャポニカ米になるはずの原石だ。
タコちゃんはそれを一瞥し、「ああ、それね、知ってるよ」という顔をして、湖の奥深くへと潜っていった。
数分後。
ザバァッ!
巨大な水音と共に、タコちゃんが再浮上した。
大量の濡れた稲の束を抱えて戻ってきた。
その量は、トラックの荷台一杯分くらいはある。
「うわ! こんなにあるの!?」
「キュイ!(あっちの奥の湿地に山ほど生えてるよ! 泳ぐとき足に絡まって邪魔だったから、全部引っこ抜いてきた! ちょうどよかった!)」
どうやらタコちゃんにとって、稲はただの邪魔な雑草だったらしい。
しかしテオにとっては、黄金の山よりも価値がある宝の山だ。
よく見ると、実が大きく育っている優秀な株もある。これらを選別すれば、すぐにでも優秀な種もみとして使える。
「ありがとう! これならいけるよ! すぐに田んぼが作れる! 君のおかげだ!」
テオは興奮気味にタコちゃんの濡れた足(一本)を、握手するように両手で強く握った。
ヌルヌルとした感触にはもう慣れた。
「どうかなタコちゃん。僕たちの農場の『水管理担当(ウォーターマネージャー兼土木部長)』として就職しない?」
「キュ?」
「仕事内容は、これから作る田んぼへの安定した水の供給と、水質の管理、あとたまに土木工事の手伝い。報酬は、毎日新鮮なキュウリとナス、トマトを支給するよ。あと、収穫できたらお米もあげる。もちろん、週休二日で、残業代も野菜で払うよ」
タコちゃんの巨大な一つ目が、キラーンと輝いた。
8本の足を器用に使い、OKサイン(丸)を作った。
「キュイキュイ!(採用! 契約成立! 福利厚生が手厚い!)」
「交渉成立だね!」
こうして、ダンジョン最強の水棲魔獣が、正式に農場の従業員として仲間に加わった。
ポチ(陸戦・運搬・警備)、ロボ(家事・警備・精密建築)、タコちゃん(水利・大規模土木・漁業)。
農場の戦力が過剰になりつつあるが、テオにとってはみんな「頼もしい農機具たち(家族)」という認識だった。
なお、タコちゃんは陸上でも(ヒレを足のように使い、触手でバランスを取ることで)ある程度活動できることが判明した。
ペタペタとユーモラスに歩く姿は、キモかわいいと評判だ(主にテオとエリナに)。
ティアはまだ生理的な嫌悪感があるらしく、タコが近寄ると「ヒッ、寄るな! ヌルヌルをつけるな!」と少し距離を置いているが、いずれ慣れるだろう。




