第26話 白い宝石への渇望
聖女エリナが農場に加わってから、数週間が経過した。
この深層農場の生活水準は、地上にいた頃よりも遥かに高くなっていた。
野菜は新鮮で魔力たっぷり。ポチが狩ってくるダンジョン牛やオークの肉は、ローストすれば舌の上でとろける。
さらに、エリナが持ち込んだマヨネーズやドレッシング(彼女が隠し持っていた)、それに様々な香辛料のおかげで、味付けのバリエーションも増えた。
「ん~っ! 今日も美味しいですね!」
エリナが頬に手を当てて幸せそうに微笑む。
今日の夕食は、肉厚な『ダンジョン・オークのソテー』に、夏野菜(トマト、ズッキーニ、ナス、ピーマン)をトマトソースで煮込んだ『特製ラタトゥイユ』。
そして、『カボチャの冷製ポタージュ』だ。
彩りも豊かで、見ているだけで食欲をそそる。
「うむ! テオの料理は飽きないな! 一生食わせてくれ!」
ティアもフォークとナイフを器用に使って(最近覚えた)、肉を口に運んでいる。
みんな笑顔だ。
しかし、料理長であるテオの顔には、どこか満たされない陰りがあった。
彼はフォークで皿の上のパンをつつきながら、深いため息をついた。
「はぁ……」
「どうしたんですかテオさん? 食欲がないんですか? どこか具合でも……」
エリナが心配そうに顔を覗き込む。
「いや、そうじゃないんだけど……」
テオは遠い目をして、天井の岩肌を見上げた。
「……米が、食べたい」
「コメ?」
ティアが首を傾げた。
この世界では、主食といえばパンやパスタなどの小麦製品が主流だ。
米もあるにはあるが、遠い南方の湿地帯の国で栽培されているだけで、この辺りではまず見かけない。
あったとしても、パサパサで匂いのある種類で、主に家畜のエサ用という認識だ。
だが、テオ(前世日本人)にとって、米は魂の燃料だ。
ソテーの肉汁を見るたび、ラタトゥイユのさっぱりした酸味を味わうたび、脳内で「ここに白米があれば!」という渇望が叫び声を上げるのだ。
「コメって、あの白い草の実のことか? 鳥のエサだろう? なんであんな味がしないものを食べたがるのだ」
「違うよティア! 君たちが知ってる米とは違うんだ! 僕が求めているのはジャポニカ米、すなわち『白い宝石』なんだ!」
テオが食卓をバン!と叩いて立ち上がった。
普段温厚な彼の剣幕に、二人はビクッと体を震わせた。
「炊きたての湯気! ふっくらとして、一粒一粒が輝く銀シャリ! 口に含めば広がる上品な甘み! 粘りと弾力! どんなおかずも優しく受け止める包容力! 塩むすびでも最高だし、チャーハンにしてもパラパラで美味い! ああ……卵かけご飯が食べたい……熱々のご飯に生卵を割り入れて、醤油をちょっと垂らして……」
熱弁するテオの目には、狂気にも似た光が宿っていた。
涎を垂らさんばかりの勢いだ。
「て、テオさんがそこまで言うなら、きっと美味しいんでしょうね……」
「うむ。テオが美味いと言うなら信じるが……ここにはないぞ?」
そう、種がないのだ。
マジックバッグの中には、小麦や野菜の種はあれど、米の種(籾)は入っていなかった。
「いや、諦めるのはまだ早い」
テオは拳を握りしめた。
「ダンジョンにはあらゆる環境がある。森林、砂漠、火山……なら、湿地帯だってあるはずだ。もしかしたら、そこに野生の稲が自生しているかもしれない!」
テオの農民スキル【品種探知】が、微かだが反応を示していた。
ここよりさらに下層。地下53階層付近から、湿潤な空気と、イネ科植物特有の匂いが漂ってきている。
「行こう! 米を探しに!」
「えぇー……今からか?」
「善は急げだ! 僕の朝ごはん(の夢)がかかってるんだ!」
呆れる二人をよそに、テオのお米探検隊が結成された。
目的はただ一つ。幻の白い宝石を手に入れ、至高の朝ごはんを食べることだ。
その執念は、どんな魔獣よりも恐ろしかった。




