第27話 湿地帯の探索
「うわっ、足元がぬかるんでる……」
ログハウスから少し離れた未探索エリア。
テオたちは、農場から3つ下の階層にあたる、地下53階層を歩いていた。
そこは、これまでの乾燥した岩場とは全く異なる環境だった。
天井からは無数の鍾乳石が牙のように垂れ下がり、地面は分厚い苔と湿った泥に覆われている。
あちこちに大小様々な水溜まりがあり、空気はサウナのように湿気を帯びて重い。
遠くから「ポチャン……、ポチャン……」という水滴の落ちる音が反響して聞こえてくる。
まさに湿地帯だ。
「ここなら……あるかもしれない」
テオは【視覚強化】スキルを発動させ、薄暗い中にある植生を目を凝らして観察する。
数メートルもある巨大なシダ植物や、青白く発光する水草に混じって、彼が探しているのは「イネ科」の植物特有の、細長い葉だ。
だが、見つかるのは葦や蒲のような雑草ばかりだ。
「テオさん、大丈夫ですか? 長靴が泥に埋まってますよ」
「平気だよエリナ様。農家にとって泥は友達だからね。……ティア、疲れてない? 寒くない?」
「ふん、我は浮遊魔法があるから汚れないし、温度調整魔法もある。お前たち、泥だらけでよく平気だな」
ティアは地面から数センチ浮いて、泥濘の上を優雅に滑るように移動している。余裕の表情だ。
対するエリナは、聖衣(新調した予備のローブ)の裾をたくし上げ、泥に足を取られながらも必死についてきている。健気だ。
本当はポチに乗って来たかったのだが、ここのズブズブの地盤ではポチの巨体(体重数トン)は沈んでしまって身動きが取れなくなる。そのため、ポチとロボはお留守番である。
30分ほど、足場の悪いぬかるみを歩くと、不意に視界が開けた場所に出た。
直径1キロメートルはあろうかという、巨大な地底湖だ。
水面は静まり返り、鏡のように天井のヒカリゴケや煌めく鉱石の光を反射している。
その幻想的な、この世のものとは思えない光景に、一同は思わず息を呑んだ。
「綺麗ですね……まるで宝石箱みたい」
「うむ、悪くない。ここなら別荘を建ててもいいかもしれん」
「水質も良い。冷たすぎず、有機物も含んでいる。流れも穏やかだ……ここなら水田が作れそうだ!!」
テオの目は、美しい景色ではなく、あくまで「農業用水としての適性」を見ていた。
彼は湖のほとりにしゃがみ込み、水温を確かめようと手を伸ばした。
その時。
ザバァァァン!!
湖の中央が、火山の噴火のように爆発したように盛り上がった。
大量の水飛沫と共に現れたのは、巨大な触手だった。
一本、二本……合計八本。
それぞれが大木の幹ほどの太さがあり、表面はヌメヌメとした気持ち悪い粘液で覆われている。
「な、なんだ!?」
「気配感知に引っかからなかった……! 水と同化して擬態していたのか!?」
ティアが叫ぶ。
触手の中心から、巨大な頭部が現れる。
タコだ。
いや、ただのタコではない。
全長20メートルを超える、深海の(ここは地下湖だが)王者、クラーケンだ。
その巨大な一つ目が、ぎょろりとテオたちを睨め付けた。
「キシャァァァ!」
クラーケンが威嚇するように口を開け、真っ黒な液体を吐き出した。
墨だ。
それは水鉄砲というよりは大砲の弾丸のように飛び散り、近くの岩に当たると「ジュワッ」と白煙を上げて溶かした。
強力な酸性の墨だ。当たれば骨まで溶ける。
「下がってエリナ様! ティア、防御結界を!」
「わかっている! 『ウィンド・バリア』!」
ティアが風の障壁を展開し、酸の雨を防ぐ。
臨戦態勢に入る仲間たち。
しかし、テオだけは違った。
彼はクラーケンを見て、恐怖するどころか、またしても「食材」を見る目で観察していた。
「……あの足、美味しそうだな」
「「は?」」
ティアとエリナが同時に、信じられないものを見る目で振り向いた。
「太いけど、身が締まって、弾力がありそうだ。刺し身もいいけど、軽く湯通ししてカルパッチョ……いや、やっぱり炭火焼きにして醤油を垂らしたら最高だ……あと、唐揚げも捨てがたい」
「今の状況で何言ってるの!? 食べられるのは私たちの方よ!?」
エリナが悲痛な叫びを上げるが、テオは止まらない。
「あと、あの墨。酸性だけど、中和すれば濃厚なイカ墨……いやタコ墨パスタができるかもしれない。旨味成分が多そうだ」
「パスタの話は後にして! 来るわよ!」
テオの脳内では、すでにクラーケン解体ショーとフルコースのメニュー構成が始まっていた。
農家の(というよりテオ個人の)食への執念は、Aランクモンスターの威圧感をも凌駕するのだ。




