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第25話 新たな日常へ

 聖女エリナが、奇跡的な回復を経てダンジョン農場での平穏な(しかし、ティアとのテオを巡る牽制合いという点では非常にスリリングな)生活に慣れ始め、食卓での小競り合いが日常茶飯事になってきた頃。

 かつてのテオの居場所であった「地上」では、一つの輝かしき伝説が、無惨な崩壊の音を立てて終わろうとしていた。


「くそっ、引け! 退却だ! これ以上戦えば全滅するぞッ!!」

「回復が……回復が全然間に合わないわ! 頼みの綱のハイポーションも、もう底をついたのよ!」


 王都最強と謳われた勇者アレクのパーティが、中層の門番である地獄の番犬「ケルベロス」との死闘において、見るも無惨な完全敗走を喫したのだ。

 かつてならテオが事前に罠を除去し、適切なバフアイテムを配布し、装備の細かなメンテナンスを済ませていたはずの状況。そして、エリナの慈悲深い聖魔法が彼らの傷を瞬時に癒やしていたはずの戦場。

 だが、今の彼らにあるのは、慢心が生んだ連携の乱れと、極度の消耗だけだった。盾役のガストンが重傷を負い、魔法使いミランダの魔力が枯渇し、アレクの自慢の聖剣すらも根元から無惨に折れた。

 彼らは命からがら、泥をすすりながら地上へ逃げ帰ったが、その英雄らしからぬ無様な姿は、ギルドを埋め尽くす多くの冒険者たちの目に、冷酷な現実として焼き付けられた。有用な「雑用係」を自分たちのエゴで追放し、最も重要な「心の支え」であった聖女に見限られた落ち目のパーティ。もはや彼らに栄光の未来は一欠片もなく、ギルドからの信用は失墜。解散のカウントダウンは、誰の目にも明らかだった。


 一方その頃。地底50階層、深層の癒やしの楽園――テオの農場では。

 テオたちは広々とした畑の中庭で、エリナの快気祝いを兼ねた「大収穫祭(バーベキュー大会)」を心ゆくまで楽しんでいた。

 今日の主役は、エリナが地上から(ある意味、執念で)持ち込んだ希少な香辛料の数々を贅沢に使い、テオが焼き上げた『スパイシー・ダンジョンチキン』だ。


「さあ、エリナ様。テオ特製の焼きナスも一緒にどうぞ。お口直しにぴったりですよ」

「……ああ、ありがとうございます、テオさん。ふふっ、これです。この、素材そのものの味が生きている料理が食べたかったんです! テオさんの作る野菜は、やっぱり、王宮の晩餐会の料理よりも世界で一番、私の心に響きます!」


「おい、テオ! 我を差し置いてエリナにばかり構うな! 我にもその一番大きいモモ肉を寄越せ! あと、さっきのトウモロコシもだ! もっと激しく焼け! 火力が足りんぞ!」

「ポチにも、特大の骨付き肉をあげるね。はい、アーン」

「ワフゥーンッ!(テオ、一生ついていくよ!)」


 パチパチとはじける焚き火の音。仲間の弾けるような笑顔と、尽きることのない笑い声。

 ログハウスの窓からは、ロボが淹れた、食後の胃に優しいブレンドハーブティーの芳醇な香りが、夕闇(調光されたヒカリゴケの光)の中に漂ってくる。

 テオはジョッキに入った冷たい湧き水を一口飲み、夜風に吹かれながら、心からこう思った。

 あの日、理不尽に追放され、死を覚悟して深層へと落とされた時は、この先どうなることかと思った。けれど。

 今、こうして最高の仲間に巡り会い、自分の「好き」を貫ける本当の居場所を見つけることができて。僕は、心からこの場所を選んでよかったのだ、と。


「さて、明日はもっと畑を広げようかな。エリナ様のために、傷を癒やす特別な『月光草』のハーブ園も作りたいし」

「まあ! 賛成です! もし月光草が育てば、テオさんの料理の隠し味にも使えるかもしれませんね」

「我は温泉が欲しいのだ! 広い、泳げるくらいの露天風呂を作れ! ドラゴンの姿で浸かりたいのじゃ!」

「ピピ(洗濯場ノ全自動化ト、乾燥機能ノ拡充ヲ緊急案件トシテ提案シマス)」


 夢は、地下の暗闇を照らすように、果てしなく広がっていくばかりだ。

 やりたいことは、まだまだ山ほどある。

 元・雑用係の農民テオの、賑やかで、美味しくて、そしてちょっぴり騒がしい異世界スローライフ(激務)は、まだその第一歩を踏み出したばかりなのだから。

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